02:貴族令嬢の一日
さて、朝食の後は家庭教師との時間だ。
コルネーリラは既に基礎的な学習の時期は終えており、今は実務に近い教養を学んでいる最中のようだ。
実のところ、私には王族だった経験がないわけではない。いくつかの国で、時には王女として、ある時は后として生きた。それらの生ではそれなりに苦労もしたものだ。学ばねばならぬことが実に多かったからね。しかし今世は家臣貴族の娘、多少は気楽というものだ。だからといってコルネーリラの勉学を怠けるつもりはないよ。今はコルネーリラとしての生を全うしなければならないからね。
今日は、主家であるゼルニケ家へ宛てた手紙の書き方を教わっている。
――いや、いいんだよ?熱心で。でも熱心すぎやしないかい?そんな一文字一文字食い入るように見ていなくても、書き上げてから読めばよいではないか。頼む、少し離れてほしい。
綴りは間違えていないはずだ。それはコルネーリラが何年もかけて習練してきた賜物だ。私はスラスラと主家への報告、陳情書と言った具合のものを書き連ねた。
「先生、ご指導いただけますか?」
書き上げた手紙を教師へ向けて渡す。しかし目の前の教師は先程までの食い入るような目つきは何処ぞへといった具合で、どこか呆けたような顔をしてぼんやりと紙に視線だけを落としている。何か間違えただろうか。コルネーリラは日常的にドイツ語を使っていたはずだが。今朝の家族とのやり取りも、この教師との会話もドイツ語だ。そういや侍女のマルタはボヘミア語を話していたな。
いや主家へ宛てた手紙の練習だ。ここはドイツ語が正解のはずだ。私は間違えてはいない。
ほんの数秒がやけに長く感じた。
結論から言えば、内容には全く問題がなかった、と思う。
「添削の必要な箇所はひとつもございません」
との言葉を頂戴したからな。度々になるが、数多の転生を繰り返す中では、圧倒的に王族以外の生になることの方が多かった。今世のような家臣貴族も相当に良い身分だと言える。だから私は、王家の一員として掛ける言葉も、臣下としての言葉も、それ以外の様々な立場で必要とされる知識をも、そこそこには持っていると自負している。ただ、その時代に即した単語かと言われると、少々心許ない部分はある。何せ前回ドイツ語圏で生きたのが何回前だったのか記憶にないのだ。転生回数を数えることはとうに止めた。憶えていられないのさ。メモ書きを片手に転生するわけではないからね。
コルネーリラとして書いたつもりではあるが、過去の知識が全く混ざっていないかと言われると自信がない。しかし添削不要とのことだ。ここは胸を張っていいだろう。
続いて、私的な手紙を一通認めるよう指示された。主家ゼルニケ家にはボルスフェルト家との縁者もいるそうだ。今回はその方を想定した手紙を認めてみよ、とのことだ。私的な手紙なら難度はさらに下がる。私は次の課題も迷うことなく流れるように書き終えた。
「書き終わりました」
今度も教師に向けて、書き上げたばかりの手紙を渡した。目玉がぎょろぎょろと忙しなく動いている。変わった読み方をする女史だな。通常手紙とは、左から右へ一段ずつ読み進めるものであるはずだが。
「素晴らしいです」
読み終えた第一声はそれだった。今度の手紙も合格のようだ。ドイツ語を使うのも、貴族として生きるのも随分と久しぶりのことだが、一度身についたことは案外忘れていないようだ。
「ただ、一点――」
教師が手紙を再び私へと向けて机の上に置く。そして冒頭部分を指した。
「ゼルニケ家はクルノフ城にお住まいではございませんので、こちらのみ修正すれば完璧でございます」
「あっ!」
しまった。やってしまった。コルネーリラは知っていたのだ。主家ゼルニケ家がクルノフ城から程近くに邸を構えていることを。だと言うのに[クルノフのお城にも秋の花々が咲き誇っている頃でしょうか]などと余計な一文を書いてしまったわ。
クルノフ城に関しては、つい昔の記憶に引きずられてしまった。完全に失態だ。不甲斐ない。
[クルノフの城を見た女、春に見た女は秋には腹が膨らんで、次の夏には森を彷徨う]
そんな歌が流行していた。17世紀、近隣国の農村での話だ。当時は農村で暮らす女ですらクルノフのゼルニケを知っていた。あの城に近づいてはいけない、インキュバスが住み着いていると噂されていたものだ。
(ゼルニケ家のインキュバス――もちろんそんなものは存在していないだろうけれど)
民草にまで知れ渡ると言うことは、それなりの理由があるというのが世の常だ。魔物ではないにせよ、何かしらいわくつきの家門ではあったのだろう。幸か不幸かコルネーリラはその噂についての知識がなかったらしい。うん、知らぬままでよかった。あれは乙女が歌う歌ではない。当時の私がどのような人間であったのかは、今となってはどうでもよいことだろう。まあ農村では下品な歌が流行ることもあるのさ。年齢なんて関係ない。
授業が終わると、母と母の侍女から邸の管理について邸を廻りながらご指導を受けた。そろそろ婚姻に向けた教育を始めた、といったところか。幼い子供なら立ち入らないようなリネン庫、食品庫などをひとつひとつ廻りながら、冬に向けての備蓄準備をする姿を実践で学んでいく。懐かしいね、いつぞやのスウェーデン王国時代に、貴族のお邸で侍女頭を仰せつかったことがあった。あの時も奥様のお供をしてこうして冬に備えたよ。何せここよりうんと寒い国だ。冬の準備は何よりも重要だったからね。
その知識はコルネーリラには役立つことはないだろう。時代も地域も違う。この時代の貴族家に必要なものはコルネーリラとして学ぶとしよう。
その後は家族で昼食を頂いた。華やかな料理がテーブルの上に並べられる。干した豚肉を煮込んだスープが嬉しい。直前の人生では一度も口にすることが叶わなかったからね。昼食にはパンも出た。この身体は少しばかり細すぎる気がする。朝、昼を見たかぎり食料が不足している、というわけでもなさそうだ。ならばしっかり食べてよいだろう。この人生は始まったばかりだからね。いつ、何が起こるかわからない。体力をつけておくに限る。
午後は弟たちにねだられて、庭を廻った。姉弟仲は極めて良好のようだ。「姉さま、姉さま」と周囲を踊るようにまとわりつくディルクが愛らしくてたまらない。妹のエルマもディルクに劣らず姉好きのようだ。しっかりと手を繋いで離れようとしない。ここは邸の裏庭だ。誰彼の目を気にすることなく自由に遊びまわればよいと言うのに。そんな姿も愛らしいのだが。
一通り庭を堪能した弟と妹を連れて邸に戻る。窓から様子を見ていらしたのか、出迎えに来て下さった母親から「刺繍の続きをしましょうか」とお声がけを頂いた。どうやら午後は比較的流動的に過ごしているらしい。
自室に戻り、刺繍道具を持って母の部屋へマルタと共に向かった。
はて、コルネーリラの道具箱を開けて私は少々戸惑った。コルネーリラは手先があまり器用ではなかったようだね。どうしようか。私にはうんざりするほど刺繍の経験がある。それも様々な時代の様々な刺繍のね。針子として働いたこともあれば、貴族のたしなみとして刺したこともあった。
コルネーリラらしく刺すことはできると思う。しかし、少し成長させてやるくらいはいいだろう。
案の定、母親から大変お褒めの言葉を頂いた。人間、ある日突然才能が開花することもある。そういうことにしておこう。
陽が落ちる前に、再び礼拝室へ向かった。中には高級な蜜蝋のろうそくが1本厳かに灯されていて、朝よりも手短に祈りを捧げる。質素倹約の精神が行き渡った家風が見て取られるようだ。
朝と同じように、家族揃って食堂へ向かう。3食しっかりと食べられるコルネーリラの人生に感謝してその日は緩やかに終わった。波乱の幕開け前夜だと言うことも知らずに。




