01:転生を繰り返す女
毎日7時更新。全9話です。
この作品はオムニバス形式、シリーズ化で公開を予定しています。
よろしくお願いします。
ぱちりと目が覚めた。
昨夜眠りについた場所とは明らかに違っていた。また転生したか。
両手を顔の前で握ったり開いたりしてみる。うん、若い手だ。苦労をしていないような傷もシミもない美しい手が自分の目の前にあった。
さて、ここはどこだ?ベッドの上でしばし考える。寝具からほのかに香る柔らかい花の香り、そして滑らかな肌触り。どうやらそこそこの身分の人間のようだ。むくりと身体を起こして、部屋の中を見回す。そこには見事な造りの鏡台があった。今世は当たりらしいな。
ベッド脇に揃えて置いてあった履物を履いて、鏡台へと近づく。そこに映るのは果たして――
鏡の中の己の姿をしげしげと眺めた。この娘の名はコルネーリラ・ベンテ=ボルスフェルト。歳は15歳、ボルスフェルト伯爵家の長女か。両親は健在で下に弟がひとりと妹がひとり。見目もまあ悪くはない。今度の人生は楽しめそうではないか、コルネーリラは鏡の中の自分へ向かってニヤリと笑ってみせた。
時は18世紀初頭、ここはクルノフ公国だな。一通りの教育を受けている令嬢のようだ。目覚めてすぐに時代と場所がわかることは、そう多くはなかった。つくづく今世は運がよい。しかも戦争に巻き込まれる心配もなさそうだ。幾度となく繰り返した転生の副産物で、私は世界の歴史にそこそこ詳しくなっていた。
扉を静かにノックする音が聞こえる。返事を返す前に扉が開かれた。あれはコルネーリラ専属侍女のマルタか。
「おはようございますお嬢様、お早いお目覚めでございますね」
「おはようマルタ」
ベッドから抜け出していたのは失敗だったか。いや、そういうわけではなさそうだ。マルタは両手で抱えてきた水差しから洗面器に湯を注いでいる。それはごくごく日常といった空気を醸し出していた。
マルタがカーテンを開けて戻って来た頃には、湯の具合も程よい感じになっていた。
「お嬢様」
呼ばれた先にある椅子に腰かけて顔を洗った。温かな湯は有難いが石鹸が恋しい。最後に石鹼を使ったのは何代前の人生だったか。――考えるだけ無駄だな。
顔を拭き終わると着替えの時間だ。最初にマルタが靴下を片足ずつ太ももまで丁寧に履かせていく。リボンで留め終わると立ち上がり、寝着を脱いでシュミーズを着る。どちらも同じような作りだ。柔らかな麻布で作られた膝下まですっぽりと覆われる肌着だ。
まあ、うら若きおなごの着替えを延々と語るのも無粋というもの。その後何枚もの下着だの上着だの装飾だのを重ねて、朝の着替えは終了した。
再び椅子へ腰を下ろすと、次にマルタが丁寧に髪を梳いていく。長い髪を後ろで器用にまとめてドレスと同色の明るいピンク色のリボンでまとめた。いかにも15歳のコルネーリラという少女に相応しい装いだ。
鏡越しにマルタの満足げな顔が見えた。用意は整ったようだ。
「では参りましょうか」
マルタを従えて礼拝室へ向かう。
「おはよう、姉さま」
途中でひとつの扉が開き、中からコルネーリラと同じ金色の髪の少年が出てきて隣に並んだ。
「おはよう、ディルク」
ディルクは5歳下の弟、ボルスフェルト家の嫡男だ。癖の強い髪に幼さの残る青の瞳が実に愛らしい。
礼拝室には既に父と母の姿があった。ディルクと並びお2人へ朝の挨拶をする。
「おはようございます、お父様、お母様」
やや遅れて妹のエルマが慌てた様子でパタパタと近づいてきた。エルマもコルネーリラやディルクと同じ髪色をしている。3人とも髪は父親譲りらしい。2人は瞳の色も父親と同じだった。私の瞳の色は銀色だ。そして中央が星のように金色を帯びている。この瞳だけは何度転生しようとも変わることがなかった。
家族で朝の祈りを捧げ、揃って食堂へ移動する。
中央の上座に父親が座り、ディルクと母親が向かい合う。コルネーリラの席は母の隣だ。その向かいには妹のエルマが座る。ここでは父親が食前の感謝の短い祈りを捧げる。家族は手を組み、目を瞑りそれに従った。
運ばれてきた皿には白い湯気の立ち上る粥がよそわれていた。それからブドウとチーズ、3人の子供の前には温めたミルクの入った椀が置かれる。その食事を見て我がボルスフェルト家のことを一層理解できた。伯爵夫妻は敬虔なクリスチャンだ。身分は伯爵家だが、そう高位ではない。そうだった、ゼルニケ伯爵家家臣団の筆頭家門だったな。
ゼルニケ?
それは随分と前に聞いたことのある家門名だった。その名を初めて知った当時の私は、近隣の別の公国の人間だった。他国の、それも高貴とは言い難い人間にまで知れ渡るほどの人物だったが、恐らくは既に死んでいるだろう。あの頃私が生きていたのは17世紀、後の世代から三十年戦争と呼ばれた時代が終わり、新たな時代が始まる頃だったからな。よくあの時代を生き延びたものだと、何代か後の人生で我ながら呆れ果てたものだ。
「さあ、日々の糧に感謝していただこうか」
まさかあの悪名高きゼルニケと、今世で深くかかわることになろうとは、この日の朝には思いもよらなかったよ。




