第三話
昼前、少し早めに仕事を切って、ランチを食べに来ている人や散歩をしている老人など、平和を噛み締めている雰囲気が漂う。月光市、ルミナス通り。ここはそういう街だった。だが、そんな平和な空気を濁らせていく何かを、どこかから感じる。
ルミナス通り、少し坂を登っていき、栄えている場所から栄えている場所への架け橋となっている区間。そこは、栄えている場所からすれば、少し寂しい場所であった。街灯が多く置かれていて、店の看板を照らす光や、住居の明かりで満たされるような場所とは違った。日陰通りと呼ばれるその通りは、街灯の数も少なく、住宅街ではあるが、店はそれほど多くない。夜中にここを歩けと言われたら、少し躊躇ってしまうというほどには、暗くなる。
最初の事件は日陰通りで発生した。
もう既に、刑事モノのドラマで見るような、事件現場らしい雰囲気は消え失せ、人が死んだという事実だけが溶け込んだ不穏な空気のみを感じさせる。
そんな跡地に、御影たちが到着した頃には、既に正午過ぎだった。
二人は日陰通りに辿り着くと、事件現場の詳細な場所を確認し始める。
「ここが、コンビニの前だ。で、向こうが、個人経営の飲食店。だから、今いるのはここだよな?」
「また迷ったのか。貸してみろ、方向音痴に任せると碌なことがないからな。」
「ああ、頼む。」
御影のガイドによれば、現場はコンビニの近く。そこから少し住宅のある方へ寄ったところだった。
「こんなところで人が死んでて気づかないもんかね。すぐそこにコンビニがあるんだぜ?どういうこった。」
「発見されたのは早朝だったとのことだ。深夜に人が倒れていてもめったに気付くまい。」
「仮にそうだったとしてだ。深夜に息絶えてぶっ倒れたとする。深夜ってのが訳分からない。深夜に歩き回る90代って聞いたことねぇぞ。」
「ああ、そうだ。初っ端で行き詰ったんだろうな。これを任せてきた人たちも。」
御影は天原にカメラを手渡しした。
「おい、これ。」
「ありがとな。さて、と。」
二人は現場を一通り見回すが、何も怪しげなものはない。しばらくすると、御影は何かに気づいた様子で、頭上を指さし、天原に向かって言った。
「おい、天原。上。」
「なんだ、どうした。」
天原が御影の指さす方向を見ると、そこには街灯があった。光を覆うガラスのカバーのようなものが割れている。壊れている。
「あのガラスが何かの拍子に割れて、それが老人に向かって突き刺さった。というのはどうだ?」
「違う。言っただろ。外傷はないんだ。だから、あの街灯はもっと前から壊れてたんだと思うぞ。」
「そういえばそうだったな。では、街灯がない暗闇で、足元不安定なところで、転んで、そのまま、というのは?」
「確かにな。それはあるかもしれない。なんせ90だ。転んでそのまま起き上がらなくてもおかしくない。だが、見ろ。この写真。」
天原は、被害者の写真を渡した。街灯の真下で、眠るようにして横たわっているような状態で、やはりいくら見ても、第三者から危害を加えられたような感じはしない。
「この被害者、この年でグッドバランスなんて履いてやがる。グッドバランスなら、よっぽどのことがない限り転んだりはしないと思うぞ。しっかしまあ、随分と派手な服装してやがる。夜遊びでもしてきたか?」
「90歳が女遊びして酒飲んで帰ってきたとでも言いたいのか?」
「冗談だよ。でも見てみろ、おもしれぇ格好してるだろ。」
「それはそうだな。私たちの元に来る事件なだけあるな。さっぱり分からないな。」
二人はさっぱり分からないというように、現場から二歩、三歩と後ずさりしていった。街灯が割れているということ以外はおかしなところなどはなかったからだ。
「難しいなぁ。二件目も行っとくか。」
「おい、飲み会じゃないんだぞ。ああ、次の事件現場に向かうとしよう。」
二人は、何のヒントも得られていないと勘違いして、次の現場に向かう。
日陰通りから少し離れて、次の事件現場は、この月光市の中心部だった。輝星駅のすぐ近く、バス停やタクシーが多く止まる広場を抜けていき、その先にある坂を少し降りていったところだ。ここは、朝昼晩ともに人が行き交う。朝は通勤通学で駅に向かう学生やサラリーマンが通るし、昼は主婦が買い物のために通る。夜も朝同様に、帰宅ラッシュで人がたくさん通る。
周りには、大きな建物や、住宅、飲食店などがあり、日陰通り周辺よりは随分と栄えている。あらゆる場所に電気の装飾がつけられている飲食店、夜の通勤通学ラッシュで送迎を行う車たちのライトなどによって、一定の明るさが保たれているというような場所だった。
二人目の犠牲者はここで倒れた。
御影と天原の二人は、現場に到着して、すぐに違和感に気づいた。
「輝星駅の目の前じゃねぇか。こんなとこでぶっ倒れてたら流石に誰か見てるだろ。」
「ああ、そうだ。私たちに仕事をくださった先輩方もそう考えたそうだ。そして、実際に聞いた証言があったそうだ。」
「なんて言ってたんだ?」
「第一発見者の人物によれば、あの日は大雨で、傘を差していて、そこまで明確には見えていないが、雷が落ちたのと同時に停電が起きたと。そして、数秒経って、停電が直ったと思ったら、老人が倒れていた、と。」
「あぁ、何だ。そこまで分かってるならこの件は解決だな。そこまで証言が出てるんだ。寿命か何かだろう。雷の音に驚きでもしたんじゃないか?」
「いや、それが違う。ここからは私にも分からないが、とりあえず読むぞ。その発見者によると、停電する前には老人なんてどこにもいなかったそうだ。電気が復旧して初めて見つけたらしい。」
「どういうことだ、老人がどこにもいなくてどうやって老人が出てくるんだ。傘さしてたんだろ?それで見えてなかっただけだろ?」
「いや、そこに関しては間違いはないと主張している。どういうことなのか。訳が分からないな。」
二人は頭を抱えた。
こんな会話をしている今も、横断歩道の歩行者用の信号は絶え間なく変わり続け、人々が次々と通行していく。二人のそばを通りかかる人々は、不思議そうにおっさん二人組を見つめながら、自分たちの向かうべき場所へと去って行く。
「今回の事件、少し気味が悪いな。御影、二件目の写真はお前が持ってただろ。見せてみろ。」
御影は天原に被害者の写真を渡す。
「やっぱり、何かおかしいぞ。前の被害者もだった。服のセンスが老人にしては幼稚すぎる。今回の被害者の年齢は80代ほどらしいが、それでもやっぱり、ノンキのシューズなんて履かないだろ。良く見たら全身チャラついてる。やっぱり、」
「この被害者も女遊びしてたって言いたいのか?絶対に違うぞ。やろうにも相手がいないだろう。全く。だが、さっきから服装が気になるのも事実だな。気味が悪い。」
「よし、これ以上何にも分からなそうだ。デスクに戻るぞ。情報整理だ、情報整理。」
「ああ、そうしよう。」
二人は警察署へと戻っていく。今回の彼らは、勘違いしていない。脳のどこかの部位が掴んだ何かの違和感を頼りに、捜査を続けていく。




