第6話 肉盾の男
翌朝、俺はカレンと一緒に街へ買い出しに出ていた。
今日向かうのは森だ。
実戦で使うのは訓練用の木製じゃなく、本物の短剣だ。
少しでも判断を誤れば、普通に怪我をする。
いや、下手をすればそれ以上だ。
だから俺たちは、事前に治癒魔法のスクロールを買いに来ていた。
カレンがいない状況でも回復手段を確保しておくためだ。
消耗品のため買い溜めておいても損はないだろう。
(……結局、まだ一人じゃ戦えないってことか)
指先に力を込める。
それでも、不安だけはどうしても振り払えなかった。
今日も変わりなく街は活気づいている。
ただ、どこか落ち着かない。理由は分からない。
腰に差した短剣の鞘を撫でた。
「さて!買い物も終わったし行こ!」
カレンは何も気にせず、変わらない笑顔でいた。
「うん、行こう。」
森の方角へ歩く。
街の中心から離れるにつれて、人の声が少しずつ減っていく。
石畳の音だけがやけに響いていた。
段々と街が落ち着いた雰囲気になっていき、中心から離れているのを実感する。
遠くから動物の鳴き声が微かに聞こえ始めた。
「森が近くなって来た~!」
ついに森の目の前まで来てしまった。
初めての実践、初めて使う短剣。
期待と不安から無意識に短剣の柄を握った。
指先に、わずかな汗が滲む。
「入るよ~!」
森へ足を踏み入れる。
葉が太陽の光を遮り、さっきまでの明るさが嘘みたいに薄れていく。
空気も少し冷たくなった気がした。
見たことのない鳥の鳴き声が、どこか遠くで響いている。
風が草を揺らす音だけがやけに耳についた。
(...街と、全然違う)
どこかから、見られているような気がした。
重い空気に潰されそうな俺をよそに、カレンは慣れたように奥へ進んでいく。
「か、カレン待って、早い。」
「静かに、あそこ見て。」
カレンが指をさした先には、ゆっくりと動く四つ足の生き物。
狼のような体つきだが、少し違った。
頭部から、ねじれた角が一本突き出している。
(...あれ、普通の動物じゃない)
喉の奥が乾く。
「...魔獣だよ」
カレンが小さく言った。
(今からアレと戦うのか...)
手のひらにじっとりと汗が滲む。
短剣の柄を握る指に、余計な力が入った。
「...大丈夫だよ、まずは様子見でいいから。」
カレンが小声で言う。
その言葉に、少しだけ呼吸が戻った。
だが次の瞬間、魔獣がこちらを見た。
視線が合う。
それだけで、背筋が冷える。
瞬間、魔獣が地面を蹴った。
「っ!」
反射的に短剣を前に突き出す。
短剣は魔獣の肩口を浅く切り裂いた。
だが魔獣は怯まない。
そのまま俺へ飛び掛かってくる。
「ソフィ!下がって!」
横から飛び出したカレンが魔獣の脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
しかし魔獣は怯まずに、カレンの足に噛みついた。
「痛っ!」
「カレン!」
カレンが魔獣に手をかざした。
「離れろっ!」
カレンが手から突風を巻き起こす。
「カレン!大丈夫!?」
「これくらい平気だよ!」
カレンはそう言うと、自分の足に治癒魔法をかけた。
傷口から溢れていた血が徐々に止まっていく。
それでも破れた服には赤い染みが広がっていた。
「ソフィ、気を付けて!」
「コイツ普通の魔獣じゃない!」
その時、魔獣は天を仰ぎ咆哮を上げた。
すると森の奥から共鳴するように同じ咆哮が聞こえた。
「まずい...仲間を呼ばれた!」
カレンの顔が一瞬で強張った。
「コイツ、群れのボスだっ!」
四方八方から土を蹴る音が近付いてくる。
(クソッ...囲まれたっ!)
(無理だろ...こんな数...)
鼓動が早くなる。
不安。焦り。恐怖。
それらが混ざり合った感情が募っていく。
死。
死への恐怖で視界がゆがむ。
「い...嫌だ、死にたくない。」
無意識に足が震え後ろへ一歩ずつ下がる。
「あっ...」
「ソフィ!」
カレンが俺に手を伸ばす。
だが、その手は空振りした。
足の踵に硬い感触が触れた。
木の根だ。
バランスを崩し、体は後ろへ傾いた。
(あ、死んだ。)
恐怖で目をつむる。
最後に見たのは口を大きく開けた魔獣たちだった。
「あぶな~いっ!!」
(へ?)
カレンじゃない、男の声だ。
一体誰だ...
思わず目を開く。
そこには俺と魔獣たちの前に飛び込んだ黒髪の男がいた。
次の瞬間。
魔獣たちは一斉に男へ噛み付いた。
足。
腕。
腹。
肉が引き裂かれ、嫌な音が響く。
「うぉおおッ!痛ってぇええッッ!!!」
鮮血が飛び散っていく。
地面がみるみる赤く染まっていく。
「ひっ...」
魔獣たちの間から見えた男の腕が、だらりと垂れ下がった。
「お、俺、俺のせいだ...」
全身から力が抜けていく。
誰かを守れるように強くなると決めたのに。
俺はまた、誰かに守られた。
目の前で俺の代わりに死んでしまった。
「あ~、そろそろ満足しただろ」
(ん?)
幻覚だろうか。
狐につままれた感覚だ。
魔獣たちに噛み付かれたまま、男がゆっくりと立ち上がる。
そんな有り得ない光景が目の前にあった。
「痛て~から早く離れガハッ...」
男は血を吐きながら文句を言い、噛み付いていた魔獣を次々と切り落としていた。
「な、なんだコイツは...」
男はあっという間に魔獣たちを切り裂いた。
「ふぅ...マジ痛てぇ。」
男は血がべっとりと付いた剣を拭った。
大量の魔獣に喰われたなら確実に死ぬはずだ。
しかし。
魔獣に食われたはずだった男の体は、傷一つ付いていなかった。
「まさか...」
カレンが思わず呟く。
「カレン、この人を知ってるのか?」
「うん。」
カレンが頷く。
「おっ、俺の事を知ってんのか!」
「いや~人気者は辛いねぇ~」
「この人は騎士団 第6部隊 隊長 通称、肉縦のカーネル...」
「どんな致命傷でも治る自己治癒能力を持ってるの!」
「超女好きのドМで有名な人だよ!すごい!本物だぁ!」
カレンがカーネルを指さし笑顔で叫んだ。
「おいおい、それ褒めてんのか貶してんのか分かんねぇぞ~」
「一応命救ったんだぞ~キスやハグの二つくらい欲しいもんだね~」
カーネルは剣を鞘に納め、両手を大きく広げた。
「ねぇ、カレン。」
「なに?」
「アレ殴って良い?」
「良いんじゃない?」
カーネルはハグを本気で期待しているようで、無防備に両手を広げたままだった。
「ほら、早く命の恩人にハグと熱いキッスを~」
俺は魔力を全身に巡らせ、踏み込んだ。
「ぶへっっ!」
俺の拳は綺麗にカーネルの鳩尾に入った。
「おぉ...マジ、か...」
カーネルが腹を抱えその場に倒れた。
やりすぎた感は否めないが...
スッキリしたから良いか。
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