第37話 罪と罰
「っあ...!」
気が付くと俺は此処に居た。
何処までも何処までも続く白い空間。
知らない場所だ。
夢の中で夢から醒めた様な感覚。
「...何だ、ここ。」
立ち上がる。
床があるのかも分からない。
それでも、俺は立っていた。
前も後ろも、右も左も、上も下も、どこを見ても何もない。
自分の存在さえ分からなくなるほど此処には何もなかった。
「...」
そして静かだった。
音がない。
風もない。
自分の呼吸する音だけが、やけに大きく聞こえる。
「...誰か居ないのか?」
俺の声は空間に散っていく。
反響もしないただ声が空間に消えていく。
俺以外が存在しないようだった。
1歩また1歩前へ進む。
いくら進んでも風景は何も変わらない。
まるで足踏みをしているだけのようだ。
どれくらい歩いたか分からない。
時間の感覚がなかった。
時計もない。
太陽もない。
影すらない。
ただ白いだけ。
歩いても歩いても何もない。
戻ろうとしても、戻る場所が分からない。
「...どうなってんだよ。」
その場に座り込む。
何が存在して何が消失しているのか。
そもそも最初から此処には何もなかったような。
そんな気がしてくる。
それでも、身体は確かにそこにあった。
自分の手を見る。
ちゃんと見える。
足もある、身体だってある。
なのに、この場所にいると俺が薄くなっていくような感覚がした。
「俺は...」
俺は何をしていた?
何も思い出せない。
「...何したんだ?」
答えは返ってこない。
当然だ。
ここには俺しかいない。
そう思った。
その時だった。
――起きましたか?
「...え?」
声がした。
俺は勢いよく立ち上がった。
「誰だ!?」
辺りを見回す。
何もない。
白い空間。
俺以外には誰もいない。
「どこにいる!」
――ここですよ。
「...!」
背後から声がした。
振り返る。
そこには誰もいない。
「...どこだ。」
――どこにいると思いますか?
声は近い。
まるで耳元で囁かれているようだった。
「...ふざけんな。」
俺は拳を握った。
「姿を見せろ。」
――どうしてですか?
「話がしたいなら姿を見せろ。」
――話したい?
声が少し笑った。
――貴方は、本当に話したいのですか?
「...何が言いたい。」
――私はただ、貴方の事を見ていただけですよ■■■さん。
「っ...!?」
その言葉を聞いた瞬間。
景色が変わっていく。
学校。
教室。
机。
そこに書かれた文字。
『死ね』
『人殺しの弟』
『クズ』
『消えろ』
「...やめろ。」
また景色が変わる。
薄暗い通り。
ナイフと倒れた男。
そして兄貴。
「...やめろ。」
俺は目を逸らした。
だが、景色は消えない。
「やめろって言ってんだろ...!」
――どうしてですか?
「何がだ。」
――どうして、見たくないのですか?
「こんなの...見たくねぇに決まってるだろ!」
――何故ですか?
「...」
――貴方にとって、大切な記憶ではないのですか?
「...違う。」
――では、何故です?
「違う...!」
俺は耳を塞いだ。
だが、声は消えない。
頭の中から直接聞こえてくる。
――貴方は、あの日から変わりました。
「...」
――学校へ行かなくなり、人を避けるようになった。
――そして、誰かに恐れられることでしか自分を守れなくなった。
「...黙れ。」
――何故ですか?
「黙れ!」
――図星ですか?
「っ...!」
拳を握る。
爪が手のひらに食い込む。
痛い。
それでも、声は止まらない。
――強くなれば、誰にも馬鹿にされない。
――強くなれば、誰にも傷つけられない。
俺は何も言えなかった。
誰も俺を捨てない。
そんな保証は無い。
兄貴は帰ってこなかった。
母は泣いていた。
父は何も言わなかった。
学校では誰も俺を見ようとしなかった。
それでも。
俺は強くなった。
強くなれば、誰も俺に近づけなくなった。
誰も俺を傷つけられなくなった。
誰も俺を笑えなくなった。
だから。
「...俺は最強なんだ。」
自分に言い聞かせるように呟く。
――本当に?
「...」
――本当に、そう思っているのですか?
「...うるさい!」
――では、何故泣いているのですか?
「...!」
頬に手を触れる。
濡れていた。
いつの間にか、涙が流れていた。
――あら、貴方はまた約束を破るのですね。
「うるさい!」
「お前に!お前に!お前なんかに俺の何がわかるんだよ!」
俺は叫んだ。
声に対して叫んだ。
――そんなの分かりませんよ。
「...は?」
声は静かだった。
責めるようでもなく、怒っているようでもない。
それが、余計に腹立たしかった。
――私は貴方ではありませんからね。
「じゃあ何なんだよ...!」
――だから、私は貴方を見ているのです。
――辛かったですね。怖かったですね。寂しかったですね。
「...やめろ。」
――誰にも言えなかった。
「やめろ。」
――誰にも助けてと言えなかった。
「やめろって言ってんだろ!」
――だから、強くなった。
「...そうだ。」
――誰にも負けないように。
「そうだ。」
――誰にも馬鹿にされないように。
「そうだ!」
――誰にも傷つけられないように。
「そうだよ!」
俺は俯いた。
「だから俺は最強になった。」
――それで?最強になって、何が残りましたか?
「何なんだよお前は...!」
俺は顔を上げた。
そこに居た。
あの少女だ。
長い金髪を垂らして俺を笑っていた。
「答えてくださいよ、貴方には何が残りましたか?」
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