第27話 現実
そして俺はまた集落を離れた。
見つかったら次は俺だ。
それだけは分かった。
父さんと母さんがどうして殺されたのか。
誰がやったのか。
考えれば考えるほど怖くなった。
でも、ここにいてはいけない。
俺は走った。
森の中へ入り、何度も木の根に躓いた。
足が痛い。
息が苦しい。
それでも止まれなかった。
「...俺のせいだ。」
家を出なければ。
戻ってくるのが、もっと早ければ。
そんなことを考えてしまう。
でも、考えても父さんも母さんも戻ってこない。
俺はただ走った。
どこへ行けばいいのかも分からない。
これからどうすればいいのかも分からない。
ただ、集落から離れるしかなかった。
どれだけ歩いたのか分からない。
気がつけば、日が沈み始めていた。
腹が減っていた。
喉も渇いていた。
でも、もう食料はほとんど残っていない。
俺は木の根元に座り込んだ。
「...これから、どうすればいいんだ。」
答えてくれる人はいない。
父さんも。
母さんも。
もういない。
俺は一人だった。
その夜。
俺は森の中で眠った。
寒かった。
怖かった。
それでも、朝は来た。
目を覚ますと、身体に違和感があった。
昨日まであれほど痛かった足の傷が、消えている。
腹も、身体も。
傷一つ残っていなかった。
「...魔女の祝福。」
しかし傷は治っても腹は減る、疲れも溜まる。
現実は変わらない。
俺は自分の手を見た。
この力があったから、俺は生きている。
でも。
この力があったから、両親は俺を特別な存在として扱った。
この力があったから、俺は魔女様のために生きることを求められた。
そして。
この力を持っていたからこそ。
俺は今、一人で生き残っている。
「...こんなの。」
拳を握る。
「こんなの、欲しくなかった。」
誰に言うでもなく呟いた。
それでも身体は生きようとしていた。
腹が減る。
喉が渇く。
眠くなる。
俺は立ち上がった。
自由になった。
でも、自由になっただけでは生きていけない。
食べなければ死ぬ。
水を飲まなければ死ぬ。
住む場所がなければ死ぬ。
働かなければならない。
誰かに頼らなければならない。
俺には何もなかった。
金もない。
仕事も知らない。
頼れる家族もいない。
俺は初めて、自分の人生を自分で決めなければならなくなった。
そして、その難しさを知った。
それから何日も歩いた。
町を見つけても、人に声を掛けることができなかった。
怖かった。
何を話せばいいのかも分からない。
どうすれば仕事をもらえるのかも分からない。
俺はずっと、魔女様のために生きる方法しか教えられてこなかった。
自分のために生きる方法なんて、誰にも教えてもらっていない。
ある日。
俺は道端で倒れた。
もう歩けなかった。
「...腹、減った。」
視界がぼやける。
もう駄目なのかもしれない。
そう思った時。
誰かの足音が聞こえた。
「...おい。大丈夫か?」
俺は顔を上げた。
そこには、鎧を着た男が立っていた。
騎士だった。
「...騎士?」
「ああ。」
騎士は俺を見る。
そして、少し驚いたような顔をした。
「お前...その傷。」
俺は自分の腕を見る。
いつの間にか、倒れてできた擦り傷が消えていた。
「...魔女の祝福か?」
身体が固まった。
逃げなければ。
そう思った。
でも、もう力が残っていなかった。
騎士は俺を見下ろしていた。
その目にあったのは。
優しさではなかった。
警戒。
嫌悪。
そして、恐怖。
俺はそれを見て悟った。
ここでも。
俺は普通の人間として見てもらえない。
「チッ...祝福持ちだろうがガキはガキだ。」
「...立てるか?」
騎士はそう言った。
俺は答えられなかった。
立とうとしても、足に力が入らない。
騎士は小さく息を吐くと、俺の腕を掴んだ。
「仕方ない。連れて行く。」
「...どこへ?」
「騎士団の施設だ。少なくとも、そこでなら食事にはありつける。」
その言葉を聞いた瞬間、俺の身体が勝手に動いた。
食事。
その言葉だけで、腹が痛くなるほど空腹を感じた。
俺は騎士に支えられながら歩いた。
何度も転びそうになった。
それでも、必死についていった。
やがて、大きな街が見えてきた。
集落とは比べ物にならないほど大きい。
人がいる。
店がある。
馬車が走っている。
知らない人たちが歩いている。
俺はその光景を見ていた。
自由になった時に見た景色よりも、さらに広い世界だった。
「ここが、街...」
「初めてか?」
「...はい。」
騎士は何も言わなかった。
ただ、俺を連れて歩き続けた。
騎士団の建物に着く。
中へ入ると、何人もの騎士がこちらを見た。
「その子供は?」
「森で倒れていた。」
「怪我は?」
「傷はある。だが...」
騎士は俺の腕を見る。
「すぐに消えた。」
周囲の空気が変わった。
「...まさか、祝福持ちか?」
その言葉を聞いた瞬間、身体が強張った。
まただ。
俺は俯いた。
怖かった。
集落でも、魔女の祝福を持っていることで特別扱いされた。
ここでも同じだった。
ただ、集落とは違う。
あの場所では、俺を見て喜んでいた。
ここでは。
誰も喜んでいない。
「...飯は?」
別の騎士が言った。
「食わせてやれ。」
「はい。」
俺は食堂へ連れて行かれた。
出された食事を、夢中で食べた。
パン。
スープ。
肉。
どれも美味しかった。
こんなに美味しいものを食べたのは、いつ以来だろう。
けれど。
周りの視線が怖かった。
周囲の騎士たちは、俺を見ている。
まるで珍しい魔獣を見るように。
剣に手を添えている者も何人かいた。
俺は食事をしながら、考えた。
ここにいていいのだろうか。
また追い出されるのではないか。
また何かを求められるのではないか。
そんな不安が頭から離れなかった。
食事を終えると、俺は部屋へ案内された。
小さな部屋だった。
ベッドがある。
布団もある。
屋根もある。
それだけで十分だった。
俺はベッドに座った。
「...暖かい。」
久しぶりに安心した。
その夜。
俺は久しぶりに、まともな布団で眠った。
翌朝。
目を覚ます。
身体は少し軽くなっていた。
腹も減っている。
でも、昨日よりはずっと楽だった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
ブックマークや評価をいただけると励みになります。




