第24話 墓参
黒牙との戦いから、3ヶ月が経った。
「お前達は確か来るの初めてだったよな。」
カーネルが二人の墓を撫でる。
カイン、シェリー。
砦への移動中でしか話さなかったが、明るい人達だったのを覚えている。
「本当はオルガとレーンも誘いたかったが、副団長と任務中だからな...」
俺とカレン、そしてミルネは、その後ろに静かに立っていた。
墓には花が供えられている。
この世界にも死者に花を手向ける文化があった。
白い石で作られた墓石に名前が彫られている。
「カインはよく喋る奴だった。シェリーはそれ以上によく喋った。」
「...想像できます。」
カレンが小さく笑う。
「だろ?」
カーネルも笑った。
だが、その笑顔はいつものものとは違った。
「カインさんは、よく皆に話しかけてくれたっす。」
ミルネが墓石を見つめながら呟く。
「新人が入ってきた時も、最初に声を掛けるのは大体カインさんだったっすね。」
「そうだったな。」
カーネルが懐かしそうに頷く。
「シェリーさんも凄かったっす。」
「凄かった?」
俺が聞く。
「一人で喋って、一人で笑って、一人で話を進めるんすよ。」
「おい。」
カーネルが苦笑した。
「でも、それで場が明るくなってたっす。」
ミルネは少しだけ笑う。
「任務前に緊張してても、シェリーさんがいると自然と笑ってたっす。」
風が吹く。
供えられた花が揺れた。
「...もっと一緒に馬鹿やりたかったっすね。」
ミルネの声は小さかった。
「......」
誰も何も言わない。
言葉にしてしまうと、二人が本当にいなくなったことを認めるみたいだった。
「...でも。」
ミルネが顔を上げる。
「カインさんもシェリーさんも、最後まで騎士だったっす。」
墓石へ向かって微笑む。
「だから、私も胸張って生きるっす。」
カーネルは何も言わなかった。
ただ静かに墓石へ手を置く。
「...でも。二人とも、もういないんだよな。」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
戦いの時は、目の前の敵を倒すことしか考えていなかった。
生き残ること。
仲間を守ること。
それだけで精一杯だった。
けれど、戦いが終われば残るものがある。
墓だ。
名前だ。
そして、もう二度と会えないという事実だ。
「...カーネル。」
「ん?」
「俺はさ、もっと強くなるよ。」
カーネルが俺を見る。
「カインやシェリーみたいな奴を、これ以上死なせないために。」
少しの沈黙。
その横でミルネも頷いた。
「私もっす。」
「ミルネ。」
「今度は守られるだけじゃ嫌なんすよ。」
ミルネは拳を握る。
「皆で帰って来られるように、もっと強くなるっす。」
カーネルはしばらく二人を見ていた。
そして。
いつものように笑った。
「そうか。」
墓地に吹く風は静かだった。
それでもどこかで、カインとシェリーが笑っているような気がした。
墓地を後にし、俺たちは騎士団へ戻る。
夕暮れの訓練場では、別部隊の騎士たちが木剣を振っていた。
「お、肉盾じゃねぇか。」
笑い混じりの声が飛ぶ。
「今日も墓参りか? 次の任務も前に立ってくれよ。どうせ治るんだろ?」
数人が肩を揺らして笑った。
俺は思わず睨みつける。
「お前ら...!」
一歩踏み出そうとした俺の前へ、カーネルが腕を出した。
「やめとけ。」
「でも!」
「慣れてる。」
その一言だけだった。
「ミルネちゃんも物好きだよな。」
「そんな化け物と一緒にいるなんてさ。」
笑い声が訓練場に広がる。
ミルネは俯いたまま唇を噛んだ。
俺は拳を握る。
「...撤回しろ。」
思わず声が漏れた。
騎士の一人が鼻で笑う。
「事実だろ? 何度死んでも治る肉盾だ。便利じゃねぇか。」
「っ...!」
「お前、新人の癖に随分と生意気だな。」
肩を押され後ろへ崩れる。
「大丈夫か?」
カーネルが俺の背を支えた。
「へっ、魔女の仲間同士さ、仲よくしろよ。」
「は?なんだよそれ...」
「だってそうだろ?器と祝福持ち。」
「...」
カーネルの足が止まった。
「カーネル...?」
ミルネが小さく声をかける。
「...今の、もう一回言ってみろ。」
声が低かった。
さっきまでの笑顔は消えている。
騎士の一人が笑う。
「なんだよ。聞こえなかったのか?」
「聞こえた。」
カーネルがゆっくり振り返る。
「俺のことを肉盾って呼ぶのは構わねぇ。」
「...」
「化け物って呼ぶのも、魔女の仲間って呼ぶのも構わねぇ。」
カーネルは自分の胸を指差した。
「俺は十年、そうやって呼ばれてきた。」
その言葉に、俺は黙った。
「だから今さら、そんなことで怒るほどガキじゃねぇよ。」
騎士たちは顔を見合わせる。
「じゃあ何だよ。」
「俺の家族を巻き込むな。」
「...家族?」
騎士の一人が首を傾げる。
「第六部隊のことだ。」
カーネルはミルネを見る。
俺を見る。
そして、もう一度騎士たちへ視線を戻した。
「こいつらは俺の部下だ。」
「...」
「俺にとっては、家族だ。」
訓練場が静かになる。
「だから、俺をどう呼ぼうが勝手だ。」
「俺が何者だったかも、どう思われてるかも、好きにしろ。」
カーネルは拳を握る。
「でもな。」
その声から、いつもの軽さが消えていた。
「こいつらまで、俺と同じ目で見るのは許さねぇ。」
「カーネル様...」
ミルネが呟く。
「俺はもう慣れてる。」
カーネルは笑った。
その笑顔を見て、俺は胸が痛くなった。
10年。
こいつはずっとこうだったのだろうか。
「チッ...何が家族だよ。」
騎士の一人が吐き捨てる。
「魔女の祝福を受けた化け物が。」
「...」
カーネルは何も言わなかった。
ただ、静かに拳を下ろした。
「行くぞ。」
「え?」
「帰るんだよ。」
カーネルは背を向ける。
「今日はもう疲れた。」
ミルネが慌てて後を追う。
「待ってくださいっす、カーネル様!」
俺も二人の後を追った。
訓練場から離れていく。
しばらく歩いてから、俺はカーネルに聞いた。
「...カーネル。」
「ん?」
「10年って...」
「...」
「ずっと、あんな感じだったのか?」
カーネルは答えなかった。
夕暮れの街を歩く。
やがて、小さく笑った。
「まあな。」
「...」
「昔の話だ。」
そう言って、カーネルは前を向いた。
その横顔は、いつものふざけた男のものとは違っていた。
俺はそれ以上、聞けなかった。
ただ。
あいつが10年間、何をされてきたのか。
俺はまだ何も知らない。
そして、その10年の始まりには。
もっと昔の出来事があった。
カーネルがまだ、騎士になる前。
家族と一緒に暮らしていた頃の話だ。
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