第21話 またね。
「この子は...魔女様の器なんだから。」
アニルのその一言で、時間が止まったように感じた。
「渡すわけねぇだろッ!!」
カーネルが怒号と共に地面を蹴る。
石畳が砕け、一直線にアニルへ肉薄した。
「イグ・ラズマ!」
紫電を纏った剣が横薙ぎに走る。
だがアニルは炎へと姿を変え、刃をすり抜けた。
「残念。」
背後から炎の腕が伸びる。
「甘ぇ!」
カーネルは振り向きざまに肘を叩き込み、炎の腕を散らした。
その瞬間だった。
「えいっ♪」
リニアが石畳を軽く踏む。
大通りそのものが持ち上がり、地面が波のように盛り上がる。
「なっ...!」
カーネルの足元が崩れ、身体が宙へ浮いた。
待っていたようにアニルが笑う。
「そこ。」
炎の拳が腹へ叩き込まれた。
「ぐあぁっ...!」
カーネルは三階建ての建物へ突っ込み、壁を二枚突き破って姿を消した。
「カーネル!」
俺が叫ぶ。
「ソフィ~ちゃんっ!」
リニアが嬉しそうに手を振った。
「次は君ね!」
彼女が指を向ける。
崩れた時計台の残骸が震え始めた。
瓦礫が浮く。
石像の頭。
折れた柱。
屋根瓦。
全部が宙へ浮かび、俺へ狙いを定める。
「いっけぇ!」
弾丸のように飛来した。
「くっ!」
俺は横へ転がる。
石像が背後の家屋を粉砕し、柱が道路へ突き刺さる。
一歩遅ければ終わっていた。
「ソフィ!」
ミルネが俺の隣へ滑り込む。
「屋根に上がるっす!」
「了解!」
俺達は崩れた商店の看板を足場に跳び、二階の屋根へ飛び移る。
下を見る。
街はもう街じゃない。
道路は裂け、建物は半分崩れ、炎があちこちで燃えている。
リニアがにこっと笑う。
屋根が動いた。
「は?」
俺達の立つ屋根そのものが隆起し、巨大な土の竜みたいにうねり始める。
「うわぁ!」
屋根瓦が滑り落ちる。
俺は煙突へ飛びついた。
ミルネは屋根の端を蹴って隣の建物へ飛ぶ。
その直後。
屋根全体が崩壊した。
轟音と共に家屋が潰れ、土煙が舞い上がる。
「逃げるの上手だね~!」
リニアが拍手した。
「でもまだまだ~!」
彼女が両手を広げる。
崩れた建物の壁が剥がれ、巨大な石板となって空へ浮かんだ。
五枚。
十枚。
二十枚。
まるで巨大なトランプのようだ。
「押し潰れろ~!」
石板が四方から閉じる。
「ミルネ!」
「任せるっす!」
ミルネが両手を突き出す。
「ウォークア!」
激流が横へ噴き出す。
水流が石板を押し返し、一瞬だけ隙間が生まれる。
「今!」
俺達はその隙間へ飛び込んだ。
直後。
石板同士が激突し、粉々に砕け散る。
破片が雨のように降り注ぐ。
「ソフィ!」
俺は短剣で飛来する石を弾く。
だが一本だけ避けきれなかった。
「ぐっ!」
肩へ石片が突き刺さる。
熱い。
血が流れる。
「大丈夫っすか!」
「平気!」
そう言った直後。
道路の向こうから紫電が走った。
「イグ・ラズマァッ!!」
カーネルだった。
崩れた建物から飛び出し、雷撃を地面へ流し込む。
紫電が道路を駆け抜ける。
リニアの足元まで届く。
「きゃっ!」
地面が弾け、彼女の身体が少し浮く。
「ソフィ!」
「分かってる!」
俺は瓦礫を蹴り、崩れた橋を走る。
リニアまであと五メートル。
四。
三。
「このっ!」
短剣を振る。
「わぁ!」
リニアは慌てて後ろへ飛ぶ。
刃がローブを掠めた。
黄色いペンダントが揺れる。
「惜っしい~!」
彼女は笑う。
だがその笑顔のまま、地面へ手をついた。
「大地さん♪」
街全体が震えた。
地鳴り。
「まずい!」
カーネルが叫ぶ。
次の瞬間。
道路が崩落した。
俺達の足元が一気に抜ける。
「落ちる!」
「ソフィ!」
ミルネが俺の腕を掴む。
二人まとめて地下へ落下した。
背中から石床へ叩きつけられる。
「いってぇ...」
薄暗い。
湿った空気。
古いレンガ造りの通路。
「地下水路...?」
上を見る。
崩れた穴から夕日に近い光が差し込んでいた。
「二人とも無事か。」
カーネルが着地する。
血まみれだ。
それでも立っている。
「まだ戦える。」
「無茶っすよ...」
ミルネが息を切らす。
その時。
上から幼い笑い声が響いた。
「あははー!見つけた!」
リニアだった。
穴の縁から顔だけ覗かせている。
「逃げちゃダメ!」
彼女が手を振る。
地下水路の壁が膨らんだ。
「壁が!」
岩の腕が通路を突き破る。
「散れ!」
カーネルが斬る。
岩腕は砕ける。
だが一本では終わらない。
左右。
前。
後ろ。
狭い通路全部から岩腕が伸びてくる。
「通路ごと潰す気か!」
「ソフィ!」
ミルネが叫ぶ。
俺は天井を見る。
古い支柱。
「あそこだ!」
短剣を投げ、支柱へ刺す。
「ミルネ、水!」
「はい!」
水流が支柱へ叩きつけられる。
腐食していた支柱が折れた。
天井が崩落する。
大量の瓦礫が地下水路を塞ぎ、岩腕ごと押し潰した。
土煙が充満する。
「走るぞ!」
俺達は崩れた瓦礫を登る。
上へ。
地上へ。
夕日の光が近付いてくる。
地上へ出た瞬間。
街が赤く染まっていた。
「もう夕方...」
炎と夕日が混ざり、街全体が朱色に染まっている。
リニアは少しだけ目を細めた。
「きれい。」
アニルも空を見上げる。
「長く遊んだね。」
カーネルは剣を構え直す。
「まだ終わってねぇ。」
「ううん。」
アニルが首を振った。
「今日は終わり。」
「逃がすか!」
カーネルが踏み出そうとする。
だが足が止まる。
身体が限界だった。
再生を繰り返した代償。
膝が震える。
リニアは俺を見つめた。
さっきまでの無邪気な笑顔じゃない。
少しだけ真面目な目。
「ソフィ。」
「...なんだ。」
「またね。」
胸がざわつく。
アニルが微笑んだ。
炎が風に舞う。
二人の姿が夕焼けの中へ溶けていく。
「待て!」
俺は叫ぶ。
返事はない。
残ったのは、燃え尽きた街と夕暮れだけだった。
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