第19話 リニア・ラベリー
リニアが地面に足をついたその瞬間。
空気が重くなった。
息が詰まる。
「...なんだ、この魔力量。」
カーネルの額を汗が伝う。
俺も思わず息を飲んだ。
目の前の幼い少女からは想像もつかない何か。
底の見えない大地そのものが、目の前に立っているような圧迫感だった。
「えへへ~」
リニアは照れくさそうに頭をかく。
「魔女様に祝福されちゃったからさ~」
「まぁその代わり...」
少女は自分の胸元を見下ろし、少しだけ寂しそうに笑った。
「あたし、もう大きくなれないんだけどね~」
「ほらリニア、昔話は後。」
アニルが肩をすくめた。
「はいはい分かってますよ~」
リニアは頬を膨らませると、片足で石畳を軽く踏む。
ドクン。
街全体が脈打った。
砕けた石畳が浮き上がり、崩れた家々の瓦礫がひとりでに震え始める。
「ソフィ...!」
ミルネが剣を握り直した。
俺は魔力のほとんど残っていない身体を無理やり起こす。
3対2。
数では不利なはずなのに。
リニアとアニルはただ笑っていた。
「いっくよ~!」
リニアが天高く手を挙げた。
その瞬間、空一面に無数の岩塊が出現する。
槍のように鋭く尖った岩が幾千も夜空を埋め尽くし、街へ黒い影を落とした。
「なっ...!」
カーネルが空を見上げる。
リニアはにこりと笑い、小さく手を振り下ろした。
「おっこちろ~!」
岩は高速で回転しながら勢いよく落ちてくる。
「エル・ラズマ!」
カーネルの手が弧を描く。
その軌跡をなぞるように、紫電が空へ扇状に広がった。
岩は次々と砕け、空中で細かな礫へと崩れた。
宙に舞った礫に向けてアニルが手を向ける。
「イグ・フレア」
アニルの放った炎が礫に燃え移り空を巨大な炎が埋め尽くした。
砕けた岩は、一瞬で灼熱の隕石へと姿を変える。
「嘘だろ...」
声が震えた。
逃げ場の無い炎が俺達に落ちていく。
燃える礫が雨のように街へ降り注いでいった。
屋根を貫き、石畳を爆ぜさせ、建物が次々と炎に包まれていく。
もう避けられ無い。
「ウォークア!!!」
その時、ミルネの手から勢いよく俺達の頭上を囲む様に水が噴き出した。
激流は渦を描きながら俺達を包み込み、半球状の水壁となって頭上を覆う。
「耐えてぇっ!!」
燃える礫が水壁へ突き刺さる。
轟音と共に大量の水蒸気が爆発し、視界が真っ白になった。
二発、三発、四発。
炎の雨が絶え間なく降り注ぎ、水壁が激しく揺れる。
最後の一発が水壁へ衝突し、爆音と共に砕け散った。
静寂。
水壁が崩れ、大量の水が石畳へ流れ落ちる。
「あぁっ...」
ミルネが手をついて倒れこみ血を吐いた。
「ミルネ!」
俺は咄嗟に駆け寄る。
ミルネは口元の血を袖で拭い、苦しそうに笑った。
「へへっ...大丈夫、っす。」
だがミルネの指先は震えていた。
「ミルネ無茶するんじゃない!そこで休んでろ!」
カーネルが前へ出る。
剣を地面へ突き立て、俺達を庇うように立った。
周囲を見渡す。
街は地獄だった。
燃え落ちる家屋。
蒸気を上げる石畳。
さっきまで建っていた時計台も燃え崩れ、瓦礫となって横たわっている。
炎に照らされた街で、カーネルだけが一歩前へ踏み出した。
剣を肩へ担ぎ、二人を見据える。
「カーネル様...」
リニアは焼け落ちた時計台を見上げ、少しだけ頬を膨らませた。
「わぁ...街ぐちゃぐちゃになっちゃった!」
「も~!アニルくん、やりすぎ~!」
「えぇ? リニアも岩降らせたじゃん。」
「それはそれだもん!」
二人は笑い合う。
まるで遊びの続きを始める子供だった。
「...狂ってやがる。」
カーネルが低く吐き捨てる。
アニルが肩を竦めた。
「褒め言葉かな?」
リニアは石畳へしゃがみ込み、人差し指で地面をつついた。
「ねぇねぇ~大地さん、起きて~!」
街が唸る。
石畳が波のように盛り上がり、崩れた家々の瓦礫が集まり始める。
一本、二本、三本と次々に巨大な土の塊が地中から生えた。
「いっけ~!」
リニアが指差した瞬間、三本の土塊が別方向からカーネルへ叩きつけられた。
「甘ぇ!」
カーネルは跳躍する。
一つ目を踏み台にし、二つ目を斬り裂き、空中で身体を捻って三つ目を回避。
着地と同時に剣を地面へ突き刺す。
「イグ・ラズマ!」
紫電が地中を駆け抜け、土塊が根元から砕け散った。
「すごーい!」
リニアが目を輝かせる。
「もっと!もっと!」
彼女が両手を叩いた。
浮かび上がっていた瓦礫が一斉にカーネルへ向く。
「なっ...!」
石や岩が宙で回転する。
「いっけぇ~!」
リニアが腕を振る。
無数の瓦礫が弾丸のように飛び出した。
鈍い衝撃音が連続する。
瓦礫の弾丸が腹、肩、太腿を容赦なく穿つ。
肉が裂け、砕けた石が背中から飛び散る。
それでもカーネルは剣を構えたまま立っていた。
「まだまだ~!」
リニアが両手を開く。
地面が盛り上がり、足元から石柱が突き上がった。
「ぐっ!」
カーネルは跳び退くが、その着地点へ横から瓦礫の奔流が襲い掛かる。
剣で弾く。
砕けた破片が頬を切り裂く。
さらに頭上。
巨岩が影となって落下した。
「カーネル様!!」
巨岩が直撃し、大地が爆ぜる。
土煙の中をカーネルの身体が弾かれ、石畳を何十メートルも転がった。
再生した皮膚を、追い討ちの瓦礫がまた削り取る。
「あははっ! 痛い? ねぇ~! 痛い?」
「痛いよね~?」
リニアが首を傾げる。
「楽にしてあげる!」
パンッ!
リニアが手を叩いた。
その瞬間。
カーネルの身体の内側から、瓦礫が爆散した。
身体が上下に引き裂かれる。
血と瓦礫が炎の街へ飛び散った。
「カーネル様!!」
ミルネが叫ぶ。
「カーネル!」
俺も思わず声を上げた。
上半身と下半身に分かれた身体が、それぞれ石畳へ落ちた。
「......」
動かない。
リニアが不思議そうに首を傾げる。
「あれ~?死んじゃった?」
「いや。」
アニルが笑う。
「まだだよ。」
倒れていたカーネルの身体から肉が伸びる。
骨が繋がり、筋肉が再生し、裂けた皮膚が塞がっていく。
「ほらね。」
「わぁ!」
リニアが目を輝かせる。
「生えてきた!」
「面白いでしょ?」
「うん!」
リニアがまるで新しい玩具を買ってもらった子供の様に笑った。
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