第13話 あなたは女の子
静かな夜だった。
最初の頃とは違って物も増えた俺の部屋。
今日も騎士団の訓練場でカーネル達と魔撃の特訓をしていた。
路地裏で襲われた時と違って手にはマメができている。
けれど最近、少し体調が悪い。
腹痛と頭痛が続いている。
「病気じゃないといいな...」
ポツリと呟いたその時コンコンっと軽くドアがノックされた。
「ソフィ~!入るよ~!」
カレンが返事を待たずにドアを開けて入ってきた。
「直ぐに入ってきたらノックの意味ないでしょ。」
「そんな細かい事なんて別に良いの!」
カレンがベッドに腰掛け俺の髪を撫でる。
「ソフィの髪、今日もサラサラ~」
「...何してるんだ?」
「髪触ってる~」
「それは見れば分かる。」
カレンの指が髪を梳いていく。
「やっぱり長い方がいいよ」
「そうか?」
「うん!ソフィは髪長い方が似合ってる!」
「...でもさ動くと髪が邪魔なんだよな。」
俺は長い銀髪をくるくる回す。
「括ればいいじゃん!」
「髪洗う時も大変だしさ...」
「私が洗うから!」
「自分でできるんだが...」
「切らないで欲しいの!」
「なんでだよ別に良くないか?」
「良くない!ソフィの髪を撫でるのが最近の癒しなの!」
「カレンだった髪長いんだし自分の撫でればいいじゃん。」
「自分の髪は自分じゃ撫でてもつまんないの!」
「……なんだそれ。」
「ソフィの髪だからいいの!」
「理屈になってないぞ。」
「いいの!」
カレンはそう言って、また俺の髪を撫で始めた。
俺にはカレンの言う良さが分からない。
俺の髪がそんなに良い物なのか?
そんなことを考えていると、カレンが髪を指で梳きながら口を開いた。
「ソフィってホントに髪綺麗だよね~」
「そうか?」
「うん。銀色だし、さらさらだし。」
「別に普通だろ。」
「普通じゃない!とっても綺麗なの!」
「...よく分からん。」
「ソフィは自分の可愛さが分かってなさすぎ!」
カレンに手を引かれ、近くに置かれていた鏡の前へ連れていかれる。
そこに映っていたのは、長い銀髪をした少女だった。
この世界での新しい自分の姿だ。
以前の俺なら、こんな姿を鏡で見ることになるなんて想像もしなかっただろう。
「ほら!ちゃんと見て!」
「とっても可愛い!」
「そ、そうか?」
可愛いと言われるのは慣れないが褒められるのは正直うれしい。
褒められるような事なんて今までしてこなかった俺には想像もつかなかった。
褒められる嬉しさも、誰かに認められる感覚も、俺には新鮮だった。
「うん!」
俺は鏡の中の自分を見つめる。
長い髪。
細い身体。
見慣れたような、まだ見慣れないような姿。
「...まあ。」
少しだけ髪を摘まむ。
「邪魔だけど、切るほどでもないか。」
「ほんと!?」
「お前がそこまで気に入ってるならな。」
「やったー!」
カレンは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これからも大事にしようね!」
「...俺の髪なんだが。」
「だから大事にするの!」
「意味が分からん。」
笑い声が部屋に響く。
そんなくだらないやり取りをしながら、俺はもう一度鏡を見る。
銀色の髪が、肩から静かに垂れていた。
...悪くない。
ほんの少しだけ。
そう思った。
「そういえば、ソフィ。最近ちょっと顔色悪くない?」
「そうか? 少し身体が重いくらいだ。」
「もしかして俺、何か原因不明の病気とかじゃないよな?」
「病気じゃ無いと思う。」
「多分...そろそろなんじゃない?」
「何が?」
「生理。」
...忘れていた。
彼女どころか姉妹すらいなかった俺の脳にすっかり消えていたものだ。
そうだ。生理だ。
俺はこの状況を少し甘く見ていた。
毎月大変だと聞く。
もう俺に関係ない話ではなかった。
これからも大変なことが増えるかもしれない。
「ねぇソフィって、治癒魔法は使えるの?」
「治癒魔法?」
「うん。簡単なやつでいいから覚えておいた方がいいよ」
「なんで?」
「なんでって...女の子なら普通覚えるでしょ?」
「そうなのか?」
「うん。ほら毎月大変だからさ」
「治癒魔法で治せるのか?」
「治すっていうより、痛みを和らげる感じかな」
「痛みだけ?」
「うん。生理そのものを止めたりするんじゃないよ」
カレンは当たり前のように答える。
「生理は怪我じゃないからね。治癒魔法を使っても普通に続くよ」
「なるほど...」
俺は自分の手を見る。
魔力を使って傷を治す。
それが治癒魔法だと思っていた。
けれど、この世界ではそれだけじゃないらしい。
「だから女の子は幼少期から習うのが普通なの。」
「もちろん怪我した時にも使えるしね」
「便利だな」
「でしょ?」
カレンが笑う。
「ソフィも覚えておいた方がいいよ」
「...分かった」
今まで戦うための魔法ばかり考えていた。
火や水、風や土。
そして最近覚えたばかりの魔撃。
けれど魔法は、戦うためだけに存在するものじゃない。
こういう日常のためにも使われている。
そう考えると、魔法というものが少しだけ身近に感じられた。
「ほら、治癒魔法は難しくない魔法だしすぐ覚えられるよ!」
カレンが俺のお腹に手を触れて治癒魔法を使った。
ほんのり暖かく、身体の重さが少しだけ和らぐ。
「……すごいな」
「でしょ?」
「戦うための魔法じゃなくても、ちゃんと役に立つんだな。」
「魔法って元々は生活を豊かにするためのものだからね。」
窓の外から、夜風が静かに吹き込んでくる。
銀色の髪が、さらりと揺れた。
以前なら、この髪も、この身体も、この生活も。
全部、自分とは関係のないものだった。
けれど今は少しずつ。
ほんの少しずつだけど。
この身体で生きることにも、慣れてきた気がする。
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