第12話 訓練場
「まだ激しい運動は控えてくださいね」
「わかってますよ...」
包帯の取れた腕を軽く動かす。
痛みはほとんどない。
握って、開く。
動きに違和感もない。
早く体を動かしたくて仕方がなかった。
診療所の外へ一歩踏み出すと、見慣れた街並みが広がる。
行き交う人々の声。
店先から漂う香ばしい匂い。
久しぶりに吸う外の空気は、どこか懐かしく感じた。
風が頬を撫でるだけで、外に出られたことを実感する。
激しい運動は控えろ。とは言われたが...
やはりリハビリというやつが必要だろう。
この前カーネルに誘われていた騎士団の訓練場へ向かう。
響きが良いよな。
騎士団。
訓練場。
……かっこいい。
「というわけで来たぞカーネル!」
「お前なぁ...」
カーネルは呆れたように俺を見下ろす。
「リハビリでこんな所に来るかよ普通。」
見渡すと訓練場には何人もの騎士がいた。
剣を振る音。
掛け声。
汗を流しながら鍛える姿。
その光景に、自然と胸が高鳴る。
そのとき訓練場に声が響いた。
「あ~!ソフィちゃんじゃないっすか~!」
ミルネが手を振りながら駆け寄ってくる。
「腕、治ったんですね。」
俺は思わず視線を落とす。
黒牙との戦いで失ったはずの右腕。
今は失ったとは思えないほど綺麗に元へ戻っている。
「すごいだろ? 騎士団の治療班は優秀だからな。」
カーネルが腕を組みながら言う。
「上級治癒魔法を使える魔術師まで呼んでもらえたんすよ~!」
ミルネは笑いながら腕を回す。
くそう!羨ましい!
俺は一か月も入院して軽い運動しか出来ないというのに!
「見た目は完全に治ったっす!」
「でも...」
少しだけ表情が曇る。
「まだ力が入りにくいんすよね。」
握った拳が、わずかに震える。
「剣を振ることはできるっす。でも前みたいな感覚じゃないっす。」
「魔力の流れも少し変な感じがするっすね。」
カーネルが小さく息を吐く。
「腕が治ったから終わり、ってわけじゃねぇんだよ。」
「身体は治っても、神経や魔動脈が馴染むには時間がかかる。」
「その魔動脈ってのが良く分からんのだが何なんだ?」
「魔動脈ってのは簡単に言えば魔力が流れる為の管っす!」
ミルネは自分の腕を軽く叩く。
「人間の体には血が流れているっすよね?」
「それと同じで、魔力も身体の中を流れてるっす。」
「血管と違うのは自分の意志で流すって所っすね。」
「魔動脈を通って流れた魔力は、そのままではただの力だ。」
「それを五つの属性へ変化させる。」
「それが魔法だ。」
「五つの属性?」
「ああ」
カーネルは指を五本立てる。
「火・水・風・土・雷」
「この五つが基本属性だ。」
「属性によって向き・不向きがある。」
「臨機応変に属性を変えるもんだ。」
「魔力消費もほとんど変わらん魔法に変換した方が効率がいい。」
「じゃあ、俺のやつは非効率ってことか?」
「そうだ。と言いたい所だが...お前は少し違う。」
「ん?どういう事だ?」
「普通魔力ってのはそのまま放つと空中に散っていくだけだが...」
「お前は魔力を圧縮して一点に集め砦でさえ破壊する威力が出た。」
「お前みたいな魔力操作なんて簡単に真似出来るもんじゃない。」
「つまり、お前が属性変化までできるようになれば...」
「今よりもっと強くなるってわけだ。」
「なるほど...」
「それでだ...名前ってあるのか?」
「名前?」
「そうだ。技の名前だ。」
「技に名前なんて要るか?」
「カッコいいだろ!!」
カーネルの声が訓練場に響き渡った。
「...確かに!」
思わず納得してしまった。
今まで俺にとって、この力はただの手段だった。
生き残るため。
敵を倒すため。
それだけのものだった。
でも、名前を付ける。
それは、この力を自分のものとして認めることなのかもしれない。
「あと声を出すから力を籠めやすいってのもある。」
「なるほどな。」
折角名前を付けるならカッコいいのを付けたいよな。
そうだな...
「アルティメット・マジック・インパクト!」
「ダサいっす!却下っす!」
即答だった。
「えぇ……結構いいと思ったんだけど。」
「どこがっすか!? 全部盛りにしただけじゃないっすか!」
「全部盛りは強そうだろ。」
「名前に強さを求めすぎっす!」
「じ、じゃあ...エターナル・マギア!」
「お前なぁ...語感の良さで決めてるだろ。」
「技名ってのは、一発でどんな技か分かる方がいい。」
「それに戦闘中は叫ぶんだ。言いやすくねぇと意味がねぇ。」
「なるほど...」
「魔撃なんてどうっすか?」
「魔撃...」
口に出してみる。
短い。
分かりやすい。
そして、意外と悪くない。
「……それ、採用!」
「よぉ~し!早速撃ってみろ!」
「よし!」
カーネルが訓練場の端に置かれた木の的を指さした。
「そこに向かって撃て」
「おう!」
俺は深く息を吸う。
右手を前へ。
魔力を集める。
魔動脈を流れる魔力を、一ヶ所へ。
ぎゅっと、圧縮する。
手の平の奥で、熱が膨らむ。
「...行くぞ」
「行けっす!」
ミルネが少し後ろに下がる。
カーネルも腕を組んだまま、静かに見守っていた。
「魔撃!」
手の平から、青白い光が弾けた。
次の瞬間。
ドンッ、と鈍い音が訓練場に響き渡る。
放たれた魔力は一直線に的へ突き刺さり、その中心を大きく抉った。
木片が飛び散る。
煙が薄く立ちのぼる。
「おお...!」
思わず息を呑んだ。
今までとは違う。
名前を叫んで放つだけでも気分が上がる。
「すごいっす! ちゃんと技っぽくなってるっすよ!」
ミルネが拍手する。
「いや、でも」
俺は自分の右手を見た。
さっきの一撃で、少しだけ腕が痺れている。
「まだ結構くるな」
「当然だ」
「まだ治療したばかり、段々感覚を取り戻していく事だな。」
カーネルは腕を組んだまま、淡々と言った。
「そうか...」
言われてみれば、その通りだった。
治ったからといって、すぐ前と同じ感覚になるわけじゃない。
「それに撃つまで時間がかかりすぎる。」
「もっと早く撃てるようになった方がいいな。」
「やっぱり遅いか……」
俺は右手を下ろした。
確かに今の一撃は、魔力を集めて圧縮するまでに数秒かかっていた。
相手が待ってくれるならいい。
でも実戦じゃ、そんな時間はない。
「敵はお前が準備するのを待っちゃくれねぇ。」
カーネルは木剣を肩に担ぐ。
「その数秒が命取りになる。」
「なるほど...」
「魔力操作は反復練習だ。」
「身体が勝手に動くくらいまで叩き込む。」
「剣士が素振りを繰り返すのと同じっす!」
ミルネが笑顔で頷く。
「魔力も結局は鍛錬っすよ!」
「そういうことだ。」
カーネルは木の的を指差した。
「今日は威力はいらねぇ。」
「速さだけを意識しろ。」
「分かった!」
魔力を圧縮する事を一番に考え。
俺はもう一度、右手を前へ突き出した。
今度は威力じゃない。
速さ。
魔動脈を流れる魔力を、一瞬で掌へ集める。
「魔撃!」
青白い閃光が走る。
先ほどより威力は落ちた。
それでも、発動は明らかに速くなっていた。
カーネルは小さく口角を上げる。
「そうだ。」
「その感覚を忘れるな。」
「威力は後からいくらでも伸ばせる。」
「だが速さは、一朝一夕じゃ身につかねぇ。」
俺は頷き、もう一度右手を構えた。
「もう一本!」
訓練場に、再び魔力の光が灯った。
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