第10話 決戦③
「カーネル様~ッ!!」
ミルネが勢いよくカーネルへ飛びついた。
「おいおい、離れろって……」
「嫌っす!本当に無事で良かったっす...!」
カーネルは困ったように頭を掻きながら、小さく笑う。
「心配しなくても俺は死なないだろ。」
「そういう問題じゃないっすよ~!!」
「隊長!カレンさんの傷、塞がりました!」
レーンがカーネルに向かって叫んだ。
カーネルはミルネの頭を軽く叩く。
「ほら、離れろ。」
「あっ、はいっす!」
カーネルはすぐに表情を引き締め、カレンの方へ歩み寄った。
「...カレン、大丈夫か。」
「ん...あれ?カーネルさん...?」
「おう、起きたか。」
カレンが周りを見渡す。
「あれ、カインさんとシェリーさんは?」
カーネルは答えなかった。
ただ静かに目を伏せている。
レーンも、オルガも、誰一人として口を開かない。
「...そっか。」
カーネルがゆっくりと口を開く。
「まだ終わってねぇ。」
カーネルは踵を返した。
「行くぞ。」
カーネルが奥の扉を開き、俺たちはその後に続く。
長い廊下を歩きながら、俺は前から気になっていたことを口にした。
「そういえば、ミルネが言ってた『魔女信教』って何なんだ?」
一瞬、空気が重くなる。
カーネルが静かに答えた。
「この世で一番危険な連中だ。」
「危険って...黒牙よりも?」
「ああ。」
「黒牙はただの盗賊だ。」
「だが、魔女信教は違う。」
「奴らは信仰のためなら、何だってする。」
「家族も、仲間も、国も関係ねぇ。」
「邪魔なら全部消す。」
思わず息を呑む。
「...そんな奴らが本当にいるのか?」
カーネルは前を向いたまま答えた。
「詳しい話は、全部終わってからだ。」
奥へと進む度に緊張感が高まっていく。
「また階段っすね。」
砦の最上階で待っているだろう頭領の気配に、嫌な汗が滲む。
一段、また一段と階段を上る。
やがて、俺たちは最上階の大きな扉の前で足を止めた。
「お前ら、準備はいいか。」
返事は返ってこない。
しかし答えは皆、同じだった。
「行くぞ!」
刹那、カーネルの体が四散した。
「カーネル様ッ!!!」
肉片が床へと降り注ぎ、血飛沫が部屋全体に飛び散る。
「あははっ!引っかかった~!」
部屋の奥で、金髪の幼い少女が椅子に座り縫いぐるみを抱えて笑っていた。
「アタシの部屋にようこそ~♪」
少女は足をぶらぶらと揺らしながら、にっこりと笑った。
「アタシはアベル!」
「ねぇ、銀髪のお姉さん。お名前は?」
アベルが俺の目を見つめながら尋ねた。
「頭領はどこだ...?」
「アタシだよ?そんな事より教えてよ~!」
そう言うと、アベルは髪をくるくると指で弄び、体を揺らした。
「俺は...」
名前を言おうとした、その瞬間。
「「ソフィ」」
アベルの声が、俺の声と寸分違わず重なった。
「っ!」
「アハハっ!驚いてる驚いてる♪」
「ねぇ、お姉さん。」
アベルが身を乗り出す。
「次は右手で短剣を握るんでしょ?」
「そのあと、一歩前に出て...」
「アタシを斬ろうとする。」
思わず体が止まる。
「「なんで、それを。」」
再び声が重なる。
アベルは満面の笑みを浮かべた。
「アタシね、3秒後の未来が見えるの!どう?すごいでしょ~♪」
アベルは笑ったまま、軽く頭を下げた。
次の瞬間、ミルネの剣が頭上を薙いでいく。
次々と空を切る剣先がミルネを焦らせていく。
「ほらほら~♪」
アベルは足先で剣の腹を軽く蹴り上げた。
体勢を崩したミルネの懐へ、一瞬で潜り込む。
「...っ!」
アベルの手の平がミルネの鳩尾を打ち抜く。
「はい、どうぞ♪」
気づけば、ミルネの鳩尾には起爆石が突き刺さっていた。
ミルネが迷わず鳩尾から引き抜く。
しかし、その瞬間。
赤く輝いた起爆石が、ミルネの手の中で爆ぜた。
爆風とともに鮮血が舞い、右腕の肉や骨が弾け飛ぶ
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!」
露出した骨が空気に触れ鋭い痛みが走る。
「痛そ~♪」
アベルは無造作にミルネを蹴り飛ばした。
ミルネは砕けた右腕を押さえ、その場に蹲る。
「ミルネっ!」
レーンが血相を変えて駆け寄る。
「あ~! ダーメっ♪」
アベルが片手を軽く振る。
瞬間、氷柱が空中に生まれ、レーンへ向かって一直線に射出された。
「あっ...」
避ける間もなく、氷柱がレーンの首を貫く。
「コヒュッ...」
呼吸をするたび、首元の傷口から空気が漏れ、掠れた音が響く。
レーンは目を見開いたまま、その場に膝をついた。
両手で首を押さえても、指の隙間から血が溢れ続ける。
「レーンッ!!」
ミルネの悲痛な叫びが部屋に響いた。
それを見てもなお、アベルは無邪気な笑みを崩さなかった。
「カレン、二人を頼む。」
俺は短剣を構え直す。
「俺とオルガでアベルを何とかする!」
地面を蹴る。
一瞬でアベルとの間合いを詰め、短剣が金色の髪をわずかに切り裂いた。
「わぁ!ソフィさん早いね!」
アベルの背後からオルガの剣が振りかぶられる。
しかし、アベルは紙一重で身をかわした。
俺の短剣とオルガの剣が、絶え間なくアベルへ襲いかかる。
それでも、一撃も届かない。
「まだまだ~♪」
アベルは楽しそうに笑う。
手の平に魔力を込める。
「喰らえ!!!」
魔力の光が一直線にアベルへと向かう。
アベルは体を軽く傾けるだけで、その一撃をひらりとかわした。
その先にはオルガが居た。
「しまっ...」
気づいた時には、魔力の光がオルガへ直撃しオルガを吹き飛ばした。
「オルガっ...」
オルガへ意識を向けた、その一瞬だった。
アベルの膝蹴りが、俺の顔面へと突き刺さる。
「いだっ...!」
鈍い衝撃とともに視界が揺れる。
鼻から温かい血が流れ落ちた。
体勢を立て直す間もなく、アベルの手が俺の頭を鷲掴みにした。
そのまま、膝へ何度も叩きつけられた。
「がっ...!」
意識が揺らぐ。
視界が霞み、アベルの笑い声が次第に遠ざかっていった。
「...フィ...ソフィ!」
「おい!起きろ!ソフィ!!!」
重い瞼をゆっくりと開く。
気が付くと上半身が回復したカーネルが地を這って俺の体を揺さぶっていた。
「カーネル...」
「俺はまだ動けそうにねぇ。...立てるか?」
「まだ立てる。」
全身に鈍い痛みが走る。
それでも歯を食いしばり、ゆっくりと体を起こした。
視線を向けると、気を失っている間にカレンは一人でアベルと戦っていた。
「はい♪」
次の瞬間、カレンの体が勢いよく吹き飛ばされる。
壁へ頭を激しく打ちつけ、そのまま崩れ落ちた。
「カレンっ!」
アベルがゆっくりと俺へ視線を向ける。
その顔には、無邪気な笑みが浮かんでいた。
「もう動けるのは、ソフィさんだけだね~♪」
仲間は誰一人、立ち上がれない。
もう、俺がやるしかない。
短剣を構え直した。
「必ず...殺す!」
アベルは口元に手を当てくすりと笑った。
「物騒~♪」
一瞬でアベルとの間合いを詰める。
「ほかの皆と違って早いよね~♪」
短剣が何度も空を切る。
それでも俺は止まらない。
振る。
踏み込む。
振る。
その時だった。
「...痛っ。」
アベルの頬に一筋の赤い線が走る。
初めて、その笑みが揺らいだ。
行ける。
このまま押し切れる。
早く。
もっと早く。
もっと動きが追い付かなくなるまで!
短剣を振りかぶる。
「待ってたよ♪」
「しまっ...」
アベルの拳が腹部へとめり込む。
視界が反転した。
衝撃で体が宙へ浮き、そのまま勢いよく吹き飛ばされた。
「あがっ……!」
床を転がり、息が詰まる。
手が震える。
視界が霞む。
呼吸が、できない。
腹部にじわりと熱が広がっていく。
力が入らない。
「痛そうだねソフィさん」
お互いに限界が見え始めていた。
まだだ……
まだ立てる。
アベルに傷はつけられた。
なら、届かないわけじゃない。
あいつの未来視を超えるために...
もっと速く。
避けられない一撃を。
どうする。
どうすれば……。
ふとあの日のことを思い出す。
初めて魔力で身体を強化した日。
「あれなら...」
全身を巡る魔力を、残らず右腕へ集める。
腕が軋む。
骨が悲鳴を上げる。
それでも構わない。
命を懸けた、一振り。
「ひっ...だ、だめっ」
アベルの足が竦む。
「これで、終わりだぁぁぁッ!!」
短剣を振り抜いた。
轟音が砦を揺るがす。
「ゃっ、」
轟音が砦を揺るがす。
衝撃はアベルだけでは止まらず、背後の石壁までも粉々に砕いた。
崩れ落ちる瓦礫の向こうから、夕日が差し込む。
長く伸びた光が、血に染まった床を静かに照らしていた。
「終わった...」
張り詰めていた力が、一気に抜ける。
膝から崩れ落ち、短剣が乾いた音を立てて床へ転がった。
視界はゆっくりと闇に染まっていく。
俺の意識は、静かに途切れた。
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