第95話 儚い想い出
何を守っているのか。
あの扉の先に、何があるのか。
セレスはゴーレムを見つめた。
一人で挑むには危険だ。
ノアたちと合流するべきだろう。
それは分かっている。
分かっているのに。
「……知りたい」
口から、自然と言葉が漏れた。
この施設は何なのか。
あの紋章は何なのか。
あの魔物は何だったのか。
そして――。
このゴーレムは。
何を守っているのか。
興味と好奇心が人より強いことは、自覚している。
けれど。
こんなにも「知りたい」と思ったのは、久しぶりだった。
「さて……どうしたものかな」
セレスは杖を握り直す。
一歩。
近づく。
ゴーレムは動かない。
もう一歩。
ズズ……。
青白い瞳が、こちらを捉える。
さらに一歩。
「――侵入者」
ゴォンッ!!
巨大な腕が振り下ろされた。
「っ!」
セレスは横へ飛ぶ。
床が砕け、石片が飛び散った。
「……なるほど」
距離を取る。
もう一度。
一歩。
二歩。
そして、先ほどと同じ場所へ入った瞬間。
「――排除」
「やっぱり!」
風を纏い、攻撃を躱す。
一定の距離。
そこを越えると、必ず攻撃してくる。
だが。
「……おかしい」
セレスは息を整えた。
ゴーレムは追ってこない。
距離を離せば、ただその場に戻る。
まるで。
何かを越えさせないためだけに動いている。
「僕を倒したいわけじゃない……?」
ゴーレムは答えない。
ただ、セレスの背後。
古びた扉を見つめている。
「……あそこか」
セレスが振り返る。
「君が守っているのは、あの扉?」
青白い瞳が僅かに揺れた。
「――守護」
セレスの目が細くなる。
「守護……?」
「――対象」
「何を?」
沈黙。
ゴーレムは答えない。
その代わり。
セレスの手にあるものへ、視線を向けた。
「……これ?」
古びた日記。
先ほどの研究室で見つけたもの。
セレスが持ち上げる。
その瞬間だった。
ゴーレムの動きが止まった。
青白い光が、僅かに揺れる。
まるで。
何かを思い出したように。
――記憶。
扉の隙間から、こっそり覗く少女。
小さな身体。
金色の髪。
誰もいない時間を狙って、何度もここへやって来た。
最初は一度。
次は二度。
そして。
来る日も。
来る日も。
少女はここへ来た。
誰かに見つからないように。
足音を忍ばせ。
扉の隙間から中を覗いていた。
その手には。
いつも一冊の手帳。
抱えるように持って。
時には床に座り。
時には何かを書き込み。
時には――。
楽しそうに笑っていた。
ゴーレムに命じられたことは多かった。
侵入者を排除すること。
守護対象を傷つける者を止めること。
危険を察知すること。
それらは、魔法石に刻まれた記録として残っている。
けれど。
あの少女のことは。
命令ではなかった。
何度も見た。
何度も記録した。
あの少女。
そして。
その手にあった日記。
――現在。
セレスが日記を持ち上げる。
ゴーレムの瞳が、強く輝いた。
「……?」
セレスは眉をひそめる。
さっきまでとは違う。
明らかに反応があった。
「この日記に……何かあるのかい?」
ゴーレムが一歩、近づく。
「っ!」
セレスは身構える。
だが。
攻撃は来なかった。
巨大な身体が。
ただ、日記を見つめている。
「……君」
セレスは小さく呟いた。
「この日記を知っているのか?」
返事はない。
けれど。
否定もしなかった。
セレスの胸に、ひとつの疑問が浮かぶ。
このゴーレムは。
何十年もの間。
いったい何を守り続けていたのだろう。
「君は、一体……」
ゴゴゴゴゴ……。
「……?」
低い音が響いた。
セレスは顔を上げる。
音は、目の前のゴーレムからではない。
壁。
床。
天井。
研究所そのものが、震えている。
「なんだ……?」
ゴーレムが突然、セレスから視線を外した。
青白い瞳が、天井へ向く。
その胸の魔法石が、今までとは比べものにならないほど強く輝き始めた。
「おい……」
セレスの背筋に、嫌な予感が走る。
ピシッ。
頭上。
天井に一本の亀裂が走った。
「……まさか」
亀裂が、一気に広がる。
石の塊が落ちてくる。
「――危ない!」
セレスの叫び声は地鳴りにかき消された。




