第94話 かつての研究対象
青白い二つの光を放つ巨大な影が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
一歩。
ギィ……。
また一歩。
ギギ……。
踏み出すたび、古びた石の身体が軋んだ。
セレスは杖を構えたまま、その姿を見据える。
大きい。
想像していたゴーレムとは、まるで違う。
全長は三メートルを超えている。
身体を覆う石には無数の亀裂が走り、長い年月を経ていることが分かる。
それでも。
倒れることなく、ここに立っている。
「……ゴーレム、か?」
文献で見たことはある。
魔力を核にして動く、人造の守護兵。
文献には古い時代に、防衛用に使われていたという記録もあった。
だが。
こんなものは知らない。
何より――。
首元。
そこに刻まれた紋章。
「……」
セレスの目が細くなる。
王家の紋章ではない。
現在の王国で使われているどの家紋にも似ていない。
なのに。
この施設の中では、何度も見かける。
「一体、何の紋章なんだ……」
呟いた瞬間。
ゴーレムの青白い瞳が、セレスを捉えた。
ズズズ……。
巨大な右腕が持ち上がる。
「……っ!」
セレスは一歩後ろへ下がった。
次の瞬間。
ゴーレムの口元が、僅かに開く。
「――侵入者を、確認」
低く、機械的な声。
「……喋るのか?」
思わず声が漏れた。
だが。
返事はない。
ゴーレムは、ただセレスを見ている。
「僕は――」
言いかけて、やめる。
話が通じる相手なのか。
そもそも。
こいつは敵なのか?
「……試験の魔物、というわけでもなさそうだな」
王家主催の選抜演習。
ここにいる以上、何かしらの仕掛けである可能性は高い。
けれど。
この場所の古さは、そんな簡単な言葉では片付けられない。
ゴーレムが一歩踏み出す。
「――侵入者を排除」
「来るか……!」
セレスが杖を振る。
「《ウィンド・ブレード》!」
鋭い風の刃が走る。
ゴォッ!
ゴーレムの肩を直撃。
石の欠片が弾け飛ぶ。
「……効いてる」
だが。
浅い。
ゴーレムは止まらない。
巨大な腕が振り下ろされる。
「っ!」
セレスは横へ飛んだ。
ドォン!!
床が砕ける。
「くっ……!」
破片が頬を掠める。
一撃でもまともに受ければ、ただでは済まない。
「この大きさ……僕一人で相手をするのは厳しいな」
ノアたちと合流するまで。
それまで持たせるしかない。
セレスは距離を取る。
ゴーレムが追ってくる。
だが――。
「……?」
おかしい。
セレスは眉をひそめた。
ゴーレムは、彼を追い詰めようとしているわけではない。
攻撃する。
避ければ追う。
だが、一定以上は近づいてこない。
まるで。
何かを越えさせないようにしている。
「……僕を殺す気はない?」
ゴーレムは答えない。
ただ、セレスとその奥にある扉を交互に見ている。
「まさか……」
セレスは振り返った。
そこには、先ほど自分が読んでいた日記。
そして、そのさらに奥。
古びた扉がある。
「守っているのか……?」
ゴーレムの動きが止まった。
セレスは目を細める。
「僕を排除したいんじゃない」
「……あの先へ行かせたくないのか」
その瞬間。
ゴーレムの瞳が、僅かに揺らいだ。
「――命令」
「……何?」
「――守護対象」
セレスの表情が変わる。
「守護……対象?」
その言葉だけが、妙に引っかかった。
先ほどの日記。
壁の紋章。
魔物。
そして、目の前のゴーレム。
すべてが一本の線で繋がり始めている。
「……この研究所では」
セレスは小さく呟いた。
「一体、何を研究していたんだ?」
答えは返ってこない。
ただ。
ゴーレムの胸部。
石の隙間から、青白い光が漏れていた。
その奥には――
まるで心臓のように脈打つ、小さな魔石が埋め込まれていた。
そして、その魔石にも。
あの紋章が刻まれていた。




