第93話 古い日記と、地下の守護者
セレスは静かにページをめくった。
古びた紙には、掠れた文字が並んでいる。
何度も書き直した跡。
乱れた筆跡。
決して読みやすいとは言えない。
それでも彼は、一文字ずつ丁寧に目で追っていった。
やがて。
古びた日記は、まるで書き手自身が隣で語りかけてくるかのように、その日々を綴り始める。
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――ここは、小さな頃から私の居場所。
――研究所のみんなは「アウレリア様」なんて呼ぶけど。
――私は、アウラって呼ばれる方が好き。
――お父様も昔はそう呼んでくれたのにな。
――今は、もう呼んでくれない。
――王女だから、だって。
――そんなの、ちっとも嬉しくない。
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「……本当に、王女の日記なのか?」
思わずセレスの口元が緩む。
彼が思い描いていた王女像とは、あまりにも違っていた。
気取った言葉もなければ、王族らしい威厳を見せようとする気配もない。
そこにいたのは、どこにでもいるような、一人の少女だった。
ページをめくる。
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――今日は研究所長にまた怒られた。
――勝手に薬品を触るなって。
――でも、分からないことは触ってみないと分からないじゃない。
――今度はバレないようにしよう。
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「反省してないな……」
小さく苦笑が漏れる。
文字は相変わらず乱れていて、読み解くには時間がかかる。
それでも、不思議と手は止まらなかった。
この日記には、歴史書には決して残らない、一人の少女が生きた時間が刻まれている。
嬉しかったこと。
叱られたこと。
些細な失敗。
そんな何気ない日常が、何百年という時を越えて、今ここに息づいていた。
セレスは慎重に次のページをめくる。
湿気を吸った紙は脆く、少し力を入れるだけで崩れてしまいそうだった。
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今日は初めて、あの子に会った。
研究所のみんなは近づくなって言うけど。
入ってはダメって言われたら、そりゃあ入るでしょ?
私は、あの部屋の――
そこで文章は途切れていた。
「……あの部屋?」
セレスが眉をひそめた、その瞬間だった。
ゴォォォォォォッ!!
地の底から響くような轟音が、研究所全体を激しく揺らす。
「っ!?」
次の瞬間。
バキィッ!!
天井の石材が砕け、轟音とともに崩れ落ちる。
「《ウィンド・シールド》!」
反射的に風魔法を展開。
吹き上がる風が落下する瓦礫を弾き、粉々に砕いていく。
しかし、揺れは収まらない。
「くっ……!」
床が大きく波打ち、壁という壁に亀裂が走る。
天井からは絶え間なく砂埃が降り注ぎ、視界が白く霞んでいく。
バキィィィン!!
ひときわ巨大な石材が崩れ落ちた。
セレスは咄嗟に後方へ飛び退く。
轟音。
土煙。
視界を覆う灰色の霧。
「何が起きている……!?」
ゆっくりと舞い落ちる砂塵の向こう。
崩れた壁の奥に広がる闇が、静かに揺らいだ。
ギィ……。
ギギギ……。
石と石が擦れ合う、不気味な軋み。
重く、鈍い足音が一歩、また一歩と近づいてくる。
やがて暗闇から姿を現したのは、人型の巨大なゴーレムだった。
全身は古びた石で覆われ、無数の亀裂が刻まれている。
長い歳月を物語るように、その表面は風化し、一部は欠け落ちていた。
胸元には薄れかけた紋章が刻まれている。
王家のものとも、研究所のものとも違う、見覚えのない古代の紋章。
そして――。
ゆっくりと。
ゴーレムの瞳に、青白い光が宿った。
侵入者を見据えるように、その視線が真っ直ぐセレスへ向けられる。
石が軋む音は、まるで長い眠りから目覚めた者の呼吸のようだった。
次の瞬間。
低く唸るような咆哮が、研究所全体を震わせた。




