第84話 出立の刻
ー早朝
空は高く、晴れていた。
不思議なくらい。
静かな朝だった。
特別科二年。
選抜演習へ参加する五人が、校門前に並んでいる。
ミラベル。
ノア。
セレス。
エルフィナ。
ガルド。
その前には、王家管理の移送魔導車。
周囲には、無言で立つ護衛たち。
いつもの学園とは違う空気が漂っていた。
「……本当に王家案件なんだな」
ガルドが低く呟く。
セレスは魔導車を見ながら答えた。
「ここまで準備されているなら、疑う余地はないね」
ノアは何も言わない。
ただ、周囲を観察していた。
護衛の配置。
魔力の流れ。
そして、王家側の人間の動き。
いつもより、少しだけ警戒している。
その時。
「ミラベル」
呼ばれて振り返る。
そこには学園長が立っていた。
「少し時間をもらえるか」
「はい」
ミラベルは学園長の後についていく。
少し離れた場所。
人の声が届かない場所で、学園長は足を止めた。
「これから向かう場所について、一つだけ覚えておきなさい」
「旧魔法観測域……かつては魔法研究所と呼ばれていた場所だ」
ミラベルは頷く。
「そこで、もし……」
学園長は一瞬言葉を選んだ。
「声を聞いても」
「すぐに従ってはいけない」
ミラベルの表情が変わる。
「昔、私もあの場所で……声を聞いた」
「……声?」
「ああ」
「だが、私は答えなかった」
学園長は静かに続ける。
「それが何だったのか、今でも分からない」
「だからこそ、警戒しなさい」
「力を持つものは、人を導くこともある」
「しかし」
「導きと、誘導は似ている」
ミラベルは胸元のペンダントへ触れた。
「……分かりました」
学園長は小さく頷く。
「だが、忘れるな」
「力の意味を決めるのは、その力ではない」
「使う者自身だ」
その言葉だけを残し、学園長は戻っていった。
――
ミラベルたちは魔導車へ乗り込む。
景色を見る間もなく。
王家が指定した場所へ到着した。
魔導車を降りる。
そして。
ミラベルは足を止めた。
「……違う」
思わず漏れる。
以前訪れた石碑のある森とは、まるで違っていた。
崩れた白い石柱。
消えた魔法灯。
役目を終えた魔法陣。
草木は生えている。
なのに、そこだけ魔力の流れが止まっている。
まるで。
時間だけが、ここに取り残されているようだった。
「ここが……」
ガルドが周囲を見る。
「旧魔法観測域(通称・魔法研究所)」
セレスが静かに答えた。
ノアは地面へ視線を落とす。
「……魔力の流れがおかしい」
エルフィナも珍しく険しい表情を浮かべる。
「淀んでる」
誰も、この場所を普通の試験会場とは思っていなかった。
その時。
奥から一人の人物が現れる。
王家監察官。
顔の半分は隠され、表情は読み取れない。
五人を見渡し、淡々と告げる。
「これより」
「王家監督下、選抜演習を開始する」
空気が変わる。
「第一段階」
「観測中枢へ到達せよ」
説明は、それだけだった。
「……雑すぎるだろ」
ガルドが呟く。
しかし。
拒否することはできない。
これは王家による試験。
選ばれる者を決めるための演習。
五人は、歩き出す。
その時。
一人だけ、足を止めた。
ドクン。
胸元。
ペンダントが脈打つ。
触れていないのに分かるほど、強く。
(……え?)
ミラベルが胸元を見る。
次の瞬間。
足元の地面に、古い紋が浮かび上がった。
「……何?」
ノアが振り返る。
「ミラベル!」
観測域全体へ、光の線が走る。
眠っていた魔法陣が、次々と目を覚ます。
監察官の表情が初めて動いた。
「……これは」
セレスが息を呑む。
「何だ……この反応は」
そして。
ミラベルにだけ聞こえる声。
『……ようやく来たか』
知らない声。
なのに。
なぜか懐かしかった。
光が五人を包み込む。
それは歓迎なのか。
それとも――
拒絶なのか。
王家監督下選抜演習は、
今、始まった。




