第82話 古書に囲まれた問い
「セレス、どこまで行くの?」
ミラベルは、先を歩くセレスの背中を追いかけた。
図書館の中を抜け。
誰もいない廊下を進み。
さらに奥へ。
石造りの階段を下りていく。
「こんな場所……あったんだ」
思わず呟く。
「地下路だよ」
セレスは振り返らずに答えた。
「普段は閉鎖されている」
「知っている人も少ない」
薄暗い通路。
壁には古い魔石灯が等間隔に灯り、青白い光だけが道を照らしていた。
人の気配はない。
足音だけが静かに響く。
「ちょっと……不気味だね」
ミラベルは肩をすくめる。
「誰も来ないからね」
「だから安心して話せる」
その言葉に、ミラベルは少し首を傾げた。
「そんなに大事な話なの?」
セレスは答えない。
ただ、歩き続ける。
やがて、広い空間へ出た。
古い書棚。
朽ちかけた机。
長い年月、誰も使っていないことが一目で分かる場所だった。
セレスはそこで足を止める。
ゆっくり振り返る。
その表情から、いつもの穏やかな笑みは消えていた。
静かな瞳で、ミラベルを見つめる。
「ミラベル」
一拍置いて。
「君は――何者なんだい?」
「……へ?」
ミラベルは目を丸くした。
「えっと……それは、どういう……?」
「惚けないでほしい」
セレスの声は静かだった。
だが、その眼差しは真剣そのものだった。
「僕が聞きたいのは……」
「君の力だ」
ミラベルは戸惑う。
「私の力……」
「そう」
「君の魔法は普通じゃない」
「それは、君自身が一番よく分かっているはずだ」
しばらく沈黙が流れる。
やがてミラベルが口を開く。
「……普通って、何?」
「ノアも、セレスも、人と違う魔法を使うよね?」
「僕たちは違う」
セレスは静かに答えた。
「僕やノアは、生まれ持った魔力や適性が人より高いだけだ」
「魔法そのものは、既に体系化されたものだ」
「鍛錬し、学び、技術を積み重ねて強くなる」
「努力の延長線上にある力なんだ」
ミラベルは黙って聞いている。
「でも君は違う」
セレスは一歩近づく。
「この学園へ入るまで」
「誰かに師事していたのか?」
「何年も鍛錬を積んできたのか?」
「あるいは、どこかで失われた魔法を学んだのか?」
「僕は、それを知りたい」
ミラベルは俯いたまま、何も答えない。
沈黙だけが流れる。
セレスは静かに息を吐いた。
「……君の魔法は」
「今の魔法理論では説明できない」
「地下路で文献を読み続けて、ようやく一つの仮説に辿り着いた」
「もし、その仮説が正しいのなら」
セレスはゆっくりとミラベルを見る。
「君の使う魔法は、既に失われたはずの術式だ」
「そして君は――」
言いかけたところで、セレスは言葉を止めた。
ゆっくりと背を向ける。
窓の外へ視線を向ける。
その時だった。
パタン。
机の端に置いてあった古びた本が床へ落ちる。
「……!」
ミラベルは反射的に屈み、本を拾い上げた。
その瞬間。
胸元のペンダントが、微かに熱を帯びる。
――ドクン。
まるで鼓動するように、一度だけ脈打った。
「……え?」
ミラベルが目を見開く。
次の瞬間。
セレスが素早く駆け寄り、本を奪い取った。
「それは――」
思わず声を荒げる。
「僕のだ!」
ミラベルは驚いて手を離した。
胸元へ手を当てる。
まだ、ペンダントの鼓動だけが残っていた。
(……今の、何?)
地下路には、再び静寂が戻る。




