第81話 秘密の話
夜。
女子寮の一室。
ミラベルはベッドへ寝転び、ぼんやりと天井を見つめていた。
「選抜試験かぁ……」
ぽつりと漏れた独り言。
「セレスが何?」
隣では、ルームメイトのリナが鏡の前で髪を梳かしている。
「え?」
ミラベルは身体を起こした。
「セレス?」
「今、セレスって言わなかった?」
「言ってないよ?」
首を傾げるミラベルに、リナも首を傾げ返す。
「聞き間違いかな」
「でも最近、図書館でよく見かけるよ」
「セレス」
「え?」
ミラベルが目を丸くする。
「図書館?」
「うん」
リナは髪を結びながら続けた。
「三年生の先輩と一緒にいるところ」
「何度か見かけたかな」
「そうなんだ……」
ミラベルは少し驚いた。
「誰だろう?」
「うーん……」
リナは腕を組む。
「なんかね」
「いつも笑ってる人」
「優しそうなんだけど……」
少し考えて。
「ペテン師みたいな笑顔の人」
「えぇ?」
ミラベルは思わず吹き出した。
「それじゃ全然分からないよ」
「そう?」
リナは首を傾げる。
「でも、その笑顔だけは印象に残ってるんだよね」
「今度見かけたら教えてよ」
「うん」
リナは笑った。
「一緒にいるところを見かけたら教えるね」
ミラベルは「ありがとう」と返した。
けれど。
胸の奥には小さな引っ掛かりが残った。
(セレスが、三年生の先輩と……?)
翌日。
「ほら、あそこ!」
リナが声を弾ませた。
「えっ? どこ?」
「セレスだよ!」
「セレス?」
「昨日言ったじゃん。三年生の先輩とよく一緒にいるって」
「あっ」
リナの指差す先。
そこには、セレスと一人の青年がいた。
「セドリック先輩?」
ミラベルが呟く。
こちらに気付いたセドリックは、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「やあ」
「こんにちは、先輩」
ミラベルも会釈する。
「こんにちは」
セドリックはリナへ視線を向ける。
「ミラベル。今日はお友達も一緒なんだね」
「はい」
リナは少し緊張しながら頭を下げた。
「ミラベルのルームメイト、リナです」
「二課生です」
「初めまして」
セドリックは丁寧に一礼する。
「セレスから話は聞いているよ」
「可愛らしいお嬢さんだ。ぜひ仲良くしていただきたいものだね」
「先輩」
セレスが苦笑する。
「そういう言い方はやめてください」
「はは、冗談だよ」
セドリックは笑った。
「それじゃあ、僕はこれで」
「またね、セレス」
「はい。失礼します」
セドリックは軽く手を振り、その場を離れていった。
ミラベルはその背中を見る。
(セレスとセドリック先輩……)
(いつの間に、こんなに親しくなったんだろう)
セレスはミラベルへ向き直る。
「少しいいかい?」
「え?」
「二人だけで話したいことがある」
その瞬間。
リナが二人を見比べて、にやりと笑った。
「邪魔者は退散しまーす!」
そう言って走り去る。
「ち、違うからね!」
ミラベルが慌てて言う。
セレスは苦笑した。
「ここでは話しにくいんだ」
「図書館まで付き合ってくれる?」
「うん」
ミラベルは頷き、セレスの後を追った。
――
夜。
誰もいない校庭。
セドリックは図書館を出て、石床の道を歩いていた。
月明かりが、長い影を伸ばしている。
「……」
背後。
気配。
一歩。
また一歩。
近づく足音。
瞬間。
セドリックの身体が反応した。
振り返る。
腰へ手を添え、相手との距離を測る。
剣術使い同士なら、一瞬で勝負が決まる間合い。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
そして。
「なんだ」
セドリックは構えを解いた。
「ノアかぁ」
「驚かせないでよ」
ノアは無表情で立っていた。
「お前なら気付くだろ」
「まあね」
セドリックは笑う。
「でも、昔より気配を消すのが上手くなったね」
「お前に褒められても嬉しくねぇよ」
ノアはため息をついた。
少し間を置いて。
「……なあ、セドリック」
「お前、本当に変わったな」
セドリックの笑顔がわずかに止まる。
「……よく覚えているね」
「当たり前だろ」
ノアは真っ直ぐ見つめる。
「俺は、お前に教わったんだから」
「剣の振り方も」
「魔法使いとしての考え方も」
「人を疑う前に、まず信じろって言ったのもお前だ」
沈黙。
セドリックは小さく笑った。
「……懐かしいね」
「でも」
ノアの声が低くなる。
「今のお前は、何を考えてるのか分からない」
「セレスと何を話している」
「本の話だよ」
セドリックは穏やかに答える。
「それだけさ」
「本当に?」
「疑うのかい?」
「……昔のお前なら」
ノアは言葉を止める。
「そんな言い方はしなかった」
セドリックは少しだけ目を伏せた。
「そうかもしれないね」
「セレスを巻き込むな」
ノアは拳を握る。
「彼は君が思っているより強いよ」
「そういう話じゃねぇ」
ノアは首を振る。
「俺が嫌なのは」
「昔の俺みたいに」
「お前を信じた奴が傷つくことだ」
夜風が吹く。
セドリックはしばらく黙っていた。
そして。
「……君は変わらないね」
「お前が変わっただけだ」
ノアの言葉が静かな校庭に響く。
セドリックは笑った。
けれど。
その笑顔は、昔と同じなのか。
ノアにはもう分からなかった。




