第77話 図書館の変人
「おい、セドリック」
図書館の入口。
呼び止められたセドリックが振り返る。
「おお、ノア!」
「久しぶりじゃないか!」
いつもの柔らかな笑みを浮かべ、胸に手を当てる。
「君から声を掛けてくれるなんて……」
「感激だ!」
「……うぜぇ」
ノアは即座に返した。
「相変わらず辛辣だねぇ」
セドリックは楽しそうに笑う。
「それで?」
「何の用だい?」
少し首を傾げる。
「本なんて読みそうにない君が、図書館に来るなんて珍しいね」
茶化すような口調。
だが、ノアは気にせず周囲を見回した。
「セレスを見なかったか?」
「セレス?」
「ああ」
ノアの声が少し低くなる。
「ここ数日、授業に出ていない」
「無断欠席だ」
「おかしいだろ」
セドリックは少し目を細めた。
「彼が……ね」
「何か探し物でもしているんじゃないかな」
「何か知っているのか?」
ノアが問いかける。
セドリックは肩をすくめた。
「僕は図書室の番人だからね」
「本のことなら多少は詳しいよ」
「……」
ノアは無言で睨む。
「だから、その顔は怖いって」
セドリックは苦笑しながら、図書館の奥へ視線を向けた。
「まあ……」
「彼が探しているものは」
「普通の本棚にはないものかもしれないね」
ノアの目が細くなる。
「どういう意味だ?」
セドリックは答えず、ただ笑った。
「彼なら……地下路かな」
セドリックが何気なく呟いた。
「……地下路?」
ノアの眉が動く。
「どこにある、それは」
「行っても意味ないよ」
「入れないさ」
「どうしてだ?」
セドリックは笑う。
「鍵が必要だからね」
「なら、お前が持っているんじゃないのか?」
「いやいや」
セドリックは首を振る。
「僕は返したよ」
「それに……」
一瞬だけ視線を逸らす。
「今、鍵を持っている人は」
「中にいるからね」
「……は?」
ノアの表情が固まる。
「言ってる意味が分からねぇ」
「うーん」
セドリックは困ったように首を傾げる。
「ノアの頭じゃ難しいかなぁ?」
「……ふざけんなよ」
次の瞬間。
ノアの手が伸び、セドリックの胸元を掴んだ。
「まあまあ」
セドリックは慌てる様子もなく、両手を上げる。
「冗談じゃないよ」
「ただ、本当にそういう意味なんだ」
「だから――」
「そこに何してんの? 二人とも」
突然、聞き慣れた声が響いた。
二人が同時に振り返る。
「セレス……」
そこに立っていたのは、探していた本人だった。
少し疲れた顔。
しかし、その手には――。
古びた鍵が混ざった鍵束が握られていた。
◇
教官室。
セレスは静かに立っていた。
目の前にいるのは、この学園でベテランと言われる腰の低い教官。
「いやぁ……本当に困っていたんだよ」
教官は困ったように笑った。
怒っているわけではない。
むしろ、無事に戻ってきたことへ安堵しているような声音だった。
「セドリック君から聞いている」
「君に、この鍵束を教官室へ返しておいてほしいと頼んだそうだね」
セレスは小さく頷く。
「はい」
「ところがね」
教官は机の上へ視線を落とす。
「鍵はいつまで経っても戻ってこない」
「そして君は、数日間授業にも出ていない」
セレスは視線を逸らした。
「……」
「連絡もない」
教官はため息をつく。
「君の親御さんからも、学園へ何度も連絡が入ったよ」
「最初は、何か事情があるのだろうと思っていた」
「だが、さすがに数日となるとね」
少し困ったように笑う。
「捜索願いを出す話まで出たんだよ」
「……そこまで」
セレスの表情が僅かに揺れる。
「そうだよ」
教官の声は優しかった。
責めるものではない。
ただ、心配していた人間の声だった。
「セレス君」
「君が何かしようとしてたことは分かっている」
「理由もなく、こんなことをする子ではないからね」
セレスは黙る。
「でもね」
教官は静かに続ける。
「自分が夢中になっているものがある時ほど、周りが見えなくなることがある」
「君を心配している人間がいることも、忘れてはいけないよ」
その言葉に、セレスは俯いた。
「……すみませんでした」
深く頭を下げる。
「うん」
教官は柔らかく頷いた。
「反省しているなら、それでいい」
「ただ――」
机の上に置かれた鍵へ視線を向ける。
「一つだけ聞かせてほしい」
「君は、どこにいたんだい?」
セレスは少し迷った。
そして答える。
「地下路です」
その瞬間。
教官の表情が、ほんの僅かに変わった。
「……地下路」
静かにその言葉を繰り返す。
「そうか」
「君は、そこへ行ったのか」
セレスは違和感を覚えた。
「……先生も行かれたことがあるんですか?」
教官はすぐには答えなかった。
ただ、古びた鍵を見つめる。
「知っているよ」
「この学園に、長くいる者ならね」
その声には、いつもの穏やかさとは違う何かが混じっていた。
「だが――」
「今では、誰も近づかない場所だ」
セレスは俯いた。
地下路。
あそこは確かに、誰も近づかない。
いや。
近づけないのかもしれない。
でも――。
あの場所には、まだ何かが残っている。
自分が探していた答えが。




