第76話 図書館の番人
学園図書館――。
学園の中でもひときわ大きな建物。
何万冊もの蔵書が並び、魔法学、歴史学、魔物学など、あらゆる知識が眠っている。
その書架の間を、一人の少年が何度も行き来していた。
セレスだった。
目的の棚へ向かい、本を取り出しては閉じる。
また別の棚へ向かい、ページをめくる。
その動きに迷いはない。
何度も通い詰めた図書館だ。
どこに何の本があるのか、司書より詳しいと噂されるほどだった。
しかし――。
「……ない」
静かな声が漏れる。
魔法史。
古代魔法。
失われた術式。
禁術。
王国建国史。
考えられる本は、すべて調べた。
それでも見つからない。
「あの魔法が載っている本が……ない」
セレスは小さく息を吐いた。
「なんでだ……」
「存在しないのか?」
「それとも……誰かが隠した?」
その時だった。
「何か探し物かい?」
穏やかな声が後ろから聞こえた。
セレスが振り返る。
「セドリック先輩?」
そこには、相変わらず柔らかな笑みを浮かべたセドリックが立っていた。
「どうしてここに?」
「僕かい?」
セドリックは肩をすくめる。
「今日は図書委員の仕事さ」
「図書委員?」
セレスは首を傾げた。
「この学園に委員会活動なんてありましたっけ?」
「ないよ」
セドリックは即答した。
「善意さ」
胸に手を当て、得意げに笑う。
「僕って優しくて有名だろ?」
「慈善活動だよ」
「……」
セレスは少し引いた表情を浮かべる。
「そういうことは、自分で言うものじゃないと思いますけど」
「ははっ、よく言われる」
悪びれる様子もない。
その飄々とした態度に、セレスは苦笑するしかなかった。
セドリックは本棚へ寄りかかる。
「それで?」
「何を探してるんだい?」
セレスは少し迷ったあと答える。
「魔法です」
「記録を探しています」
「ほう」
セドリックは興味深そうに目を細めた。
「どんな魔法?」
少し考えたあと、にやりと笑う。
「食べたいものを目の前に出せる魔法とか?」
「それなら僕も探すよ」
「違います」
セレスは即座に否定した。
「残念」
「夢の魔法だと思ったのに」
「辺境で見た魔法なんです」
セレスは真剣な表情になる。
「見たこともない術式でした」
「記録があると思って探しているんですが……」
セドリックは腕を組み、少し考え込む。
「ふむ」
「まあ、ここに記録がないなら」
「存在しない魔法なんだろうね」
「そんなはずありません!」
思わず声が大きくなった。
図書室にいた数人がこちらを見る。
「あっ……」
セレスは慌てて声を落とした。
「すみません」
それでも言葉は止まらない。
「でも、僕は見たんです」
「確かに存在しました」
セドリックはその瞳をじっと見つめる。
そして優しく笑った。
「そう」
「そうか」
セドリックは腕を組み、少し考えるように天井を見上げた。
「なら、あるはずさ」
「……え?」
「記録がね」
「本とは限らない」
「古い研究資料かもしれないし、個人の日誌かもしれない」
セレスは思わず身を乗り出した。
「どこにあるんですか?」
「うーん」
セドリックは頭を掻く。
「それが分かったら苦労しないよ」
「あっ、そうそう」
何かを思い出したように制服のポケットを探る。
カチャリ。
古びた真鍮の鍵束を取り出した。
「これ、返しておいてくれない?」
「え?」
「教官室に」
セレスは鍵束を受け取り、不思議そうに眺める。
「何の鍵ですか?」
「昨日、教官に荷物運びを頼まれてね」
「借りたまま返し忘れてた」
「いやぁ、借りた鍵がいくつか混ざっちゃってね」
そう言って歩き出しかけたセドリックは、小さく独り言のように呟く。
「地下路の鍵なんて、僕には使い道ないしね」
「地下路……?」
セレスの手が止まる。
聞き慣れない言葉だった。
「地下路って何ですか?」
振り返る。
しかし、セドリックはもう本棚の向こうへ歩いていた。
「先輩!」
呼びかけても返事はない。
ただ、ひらひらと片手だけを振る。
そのまま図書館の奥へ姿を消してしまった。
静寂だけが戻る。
カチャリ。
手の中で鍵束が小さく鳴る。
その中に、ひとつだけ古びた鍵が混ざっていた。
「地下路……」
セレスは、その鍵を強く握り締めた。




