第73話 渇いた距離
一方その頃――。
ノア、ガルド、エルフィナの三人は、村外れにある古い祠へ向かっていた。
人の手が入らなくなって久しいのか、石畳は草に覆われ、祠も蔦に飲み込まれつつある。
静かな山風だけが木々を揺らし、三人の間にも重たい沈黙が流れていた。
そんな空気を知ってか知らずか、ガルドが大きく伸びをする。
「じゃあ、俺はあっちを見てくる!」
祠の裏手を指差し、そのまま軽い足取りで駆け出した。
「あ、おい!」
ノアが呼び止める頃には、ガルドの姿は木々の向こうへ消えている。
「相変わらずね……」
エルフィナが苦笑する。
ノアは何も答えなかった。
残された二人の間に、再び静かな沈黙が流れる。
少し離れた場所には、古びた井戸があった。
石積みは風化し、長い年月を感じさせる。
ノアは井戸の縁に手を掛け、中を覗き込んだ。
「……深いな」
しばらく見つめたあと、小さく呟く。
「水面が見えない」
エルフィナも隣から覗き込む。
「本当ね……」
「水があるなら、光くらいは反射するはずなのに」
ノアは腰にロープを巻いた。
「下りる」
「……分かった」
エルフィナは短く頷く。
ノアはロープを伝い、ゆっくりと井戸の底へ降りていった。
足元へ降り立つと、辺りを見回す。
「……水がない」
底は乾ききり、土がひび割れていた。
「枯れているのか」
石壁には、水位が高かった頃の跡だけが残されている。
その時だった。
壁の一角に、不自然に滑らかな石が目に入る。
土や苔を払い落とすと、かすかに幾何学的な紋様が姿を現した。
「……」
指先でなぞる。
魔法陣らしき刻印。
しかし、風化が激しく、ほとんど判別できない。
「何かあった?」
上からエルフィナが声を掛ける。
「魔法陣の痕跡だ」
「魔法陣?」
「ああ」
ノアは壁を見つめたまま続ける。
「古すぎる」
「何の術式かも分からない」
「今の王家の術式とも一致しない……そんな気はする」
「だが、確証はない」
魔力もほとんど失われていた。
「昔、この井戸で何かが行われていたのかもしれない」
そう呟き、ノアはロープを掴んで地上へ戻る。
「何か手掛かりになりそう?」
エルフィナが尋ねる。
ノアは首を横に振った。
「分からない」
「分からないことが、分かっただけだ」
ぶっきらぼうに答えた、その時だった。
――ドォォォンッ!!
沢の方角から、大地を震わせる轟音が響く。
「っ!」
エルフィナの表情が変わった。
「ミラベル!」
叫ぶより早く、彼女は沢へ向かって駆け出していた。
「あ、おい!」
ノアは目を見開く。
一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。
祠の方へ向き直り、大声で叫んだ。
「ガルド!」
「ノア! 今の音、何だ!?」
物陰からガルドが飛び出してくる。
「沢の方だ!」
「先を越された。急ぐぞ!」
「先って……エルフィナにか?」
ガルドは目を丸くする。
「……珍しいな」
ノアは答えず、沢へ向かって駆け出した。
「お、おい! 待てって!」
ガルドも慌てて後を追う。




