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第72話 辺境の守り神

「こんな草木が生い茂る道を歩かせるなんて、正気かよ!」


先頭を歩いていたガルドが、山道に響き渡るほどの大声を上げた。


「そんな声が出せる元気があるなんて、逆にすごいね……」


後ろを歩くセレスは、額の汗を拭いながら苦笑する。


「文句くらい言わせろって!」


ガルドは肩に担いだ荷物を持ち直し、大きく息を吐いた。


辺境へ続く山道は険しく、道というより獣道に近い。


生い茂る木々が陽射しを遮り、湿った空気が肌にまとわりつく。


「もう少し先に開けた場所がある。そこで休憩しよう」


地図を確認しながらノアが言った。


「賛成……」


珍しくセレスも即答する。


ミラベルはそんな二人を見て小さく笑った。


やがて視界が開ける。


澄み切った沢が流れ、その傍らでは古びた水車が、ぎぃ、ぎぃ、と静かな音を立てながら回っていた。


「水場だー!」


ガルドは一目散に沢へ駆け出す。


「おい、転ぶぞ!」


ノアが声を掛けるが、ガルドは聞いていない。


「あっ!」


勢いのまま水車へ駆け寄り、その土台へ飛び乗ろうとした。


「罰当たり者めぇっ!!」


突然、しわがれた怒鳴り声が山に響いた。


五人は一斉に振り返る。


杖をついた一人の老婆が、鋭い眼差しでガルドを睨みつけていた。


「そこへ近づくでない!」


「えっ? なんで?」


ガルドは足を止め、困惑する。


老婆は震える手で水車を指差した。


「その水車は、この村の守り神じゃ!」


「遊び半分で触れるものではない!」


「守り神ぃ?」


ガルドは古びた水車を見上げる。


軋みながら回るその姿は、どう見ても年季の入った古い水車でしかない。


「ただの水車じゃねぇか……」


「黙れ!」


老婆は杖で地面を強く叩いた。


「何も知らぬ若造が、軽々しく口にするでない!」


そう言い残すと、老婆は五人を睨みつけたまま村の方へ歩いて行った。


「なんだったんだ?」


ガルドが頭を掻く。


「……行こう」


ノアは荷物を背負い直し、歩き出す。


四人も顔を見合わせ、その後に続いた。


◇


しばらく歩くと、小さな辺境の村へ辿り着いた。


出迎えた村長は穏やかに頭を下げる。


「ようこそお越しくださいました。お話は伺っております」


「任務の間はこちらでお過ごしください」


案内されたのは、一軒の古い民家だった。


「こちらです」


村長が扉を開ける。


「ああ、いらっしゃい」

ガタイのいい男性が出迎えてくれた。


奥からも声がした。

「ほれ、勝手に入りな」


聞き覚えのある声だった。


「「えっ!?」」


五人は思わず声を揃える。


そこに立っていたのは、先ほど沢で怒鳴っていた老婆だった。


「なんじゃ、その顔は」


老婆は腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「世話になるのは構わんが、余計なことはするでない」


それだけ言うと、奥へ引っ込んでしまった。


「ごめんなぁ、頑固ババアで」


「最近はもっぱら、村が壊れるだのなんだの。

まあ、老人の戯言だろうけど」

そういうと、男性はさがっていった。


「戯言にしちゃあ、勢いがすごいな」


ガルドが苦笑する。


セレスも肩をすくめるしかなかった。


◇


荷物を置くと、五人はすぐに任務へ向かう。


村を見回しても、それらしい守護具や魔法具は見当たらない。


「何が魔法具なのかも分からないな」


セレスは辺りを見回した。


「手分けして探そう」


四人が頷く。


「ガルドは祠を」


「ノアとエルフィナは井戸を見てきて」


「水車は大きいし、調べる場所も多そうだから、僕とミラベルで向かう」


「わかった」


それぞれが持ち場へ散っていく。


沢へ戻ると、水車は変わらず静かに回り続けていた。

水車の前――


沢へ戻ると、古びた水車は変わらずゆっくりと回り続けていた。


ギィ……ギィ……。


軋んだ音が静かな沢に響く。


木材は黒ずみ、所々にひびが入り、今にも崩れ落ちそうな姿だった。


「思った以上に傷んでるな……」


セレスは水車を見上げ、小さく呟く。


「これじゃ、いつ壊れてもおかしくない」


ミラベルも頷く。


「でも、不思議」


「ここまで古いのに、ちゃんと回ってる……」


その時だった。


「あんたら!」


息を切らした老婆が駆け寄ってきた。


「その水車には手を出すでない!」


老婆は二人と水車の間へ割って入り、まるで庇うように両手を広げる。


「この村を何十年も守ってきた、守り神なんじゃ!」


セレスは一歩前へ出た。


「落ち着いてください」


「僕たちは壊しに来たわけではありません」


「ですが、このままでは危険です。村の方々も、お婆さんが一人で手入れをするのは危ないと心配していました」


老婆は首を横に振る。


「何も分かっとらん」


杖を握る手が震える。


「これが止まれば……」


「この村は終わる」


その声は怒っているようで、どこか泣いているようでもあった。


「皆は古い水車だと言う」


「危ないから壊せとな」


「じゃが、この水車がどれだけ村を守ってきたか、誰も覚えとらん……」


その瞳には深い悲しみが宿っていた。


村人からは変わり者扱いされても、一人だけ守り続けてきた年月が、その言葉に滲んでいる。


ミラベルはゆっくりと老婆へ歩み寄った。


「お婆さん」


優しい声で呼びかける。


「私たちは、本当に壊したいわけじゃないの」


「だから……その水車のことを教えてくれない?」


老婆はミラベルを見つめる。


その瞳が、ほんの少しだけ揺れた。


――その瞬間。


ふっ、と風が止む。


沢のせせらぎだけが辺りに響く。


ギィ……


水車の回転が、一瞬だけ鈍くなった。


次の瞬間――


ゴゴゴゴゴ……!


地面が大きく揺れた。


「えっ……?」


ミラベルが足元を見る。


地面の裂け目から黒い瘴気が噴き上がり、辺りを覆っていく。


「瘴気だ!」


セレスが叫ぶ。


瘴気は渦を巻きながら一つに集まり、やがて異形の魔物へと姿を変えた。


「お婆さん、逃げて!」


セレスは迷うことなく老婆の腕を掴み、その場から飛び退く。


「逃げろ!ミラベル!」


叫ぶ。


しかし、魔物の方が速かった。


「っ!」


黒い瘴気の槍がミラベルの腕をかすめる。


次の瞬間――。


「いっ……!」


腕に焼けるような激痛が走った。


袖の下で、黒い紋様が浮かび上がる。


「な、に……?」


一瞬だけ視線を向ける。


だが、確かめる暇はなかった。


「ミラベル!」


セレスの叫びと同時に、魔物の追撃が迫る。


避けきれない。


瘴気をまとった一撃がミラベルを吹き飛ばした。


身体は斜面を転がり、そのまま沢へ投げ出される。


――バシャァッ!!


水飛沫が高く舞い上がった。

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