第69話 わだかまりが解けるとき
任務から一日が過ぎた。
エルフィナは女子寮の廊下に立っていた。
目の前には、ミラベルの部屋。
何度も扉を叩こうとしては、伸ばした手を引っ込める。
(……帰ろう)
そう思っても、足は動かなかった。
胸の奥では、「会いたい」と「怖い」が何度もせめぎ合っている。
やがて、小さく息を吸い込む。
コンコン――。
控えめに扉を叩いた。
「はーい!」
勢いよく扉が開き、一人の少女が顔を覗かせた。
「あれ?」
「もしかして、ミラベルのお友達?」
「え……」
返事に詰まるエルフィナを見て、少女はにっこり笑う。
「私は第二科のリナ!」
「ミラベルのルームメイト!」
「よろしくね!」
人懐っこい笑顔だった。
「ミラベルなら今寝てるの」
「やっと寝ついたところだから……シー」
口元に人差し指を当てる。
「よかったら、こっちで話そ!」
そう言って廊下へ促した。
⸻
「ミラベルってさ」
リナは壁にもたれながら笑う。
「放っておくと無茶ばっかりするんだよね」
「私、この学園に来てから仲良くなったんだけど」
「出会った頃から、人助けばっかり」
「見てるこっちの身にもなってほしいって思うくらい」
思い出して笑う。
その笑顔は、とても優しかった。
「でもね」
「助けられてるのは、私の方なんだ」
「落ち込んだ時も」
「困った時も」
「ミラベルがいるだけで安心できる」
リナはエルフィナを見つめた。
「あなたも、そうじゃない?」
エルフィナは視線を落とす。
胸の奥に押し込めていた想いが、少しずつ溢れ出した。
「私は……」
「ミラベルに酷いことをした」
「嫉妬して」
「勝手に敵だと思って」
「全部、私の思い込みだった」
拳を強く握る。
「怪我をしたのはミラベルなのに」
「私のことを心配してくれて……」
「最低よね、私」
リナは否定もしない。
責めもしない。
ただ静かに聞いていた。
やがて、小さく笑う。
「ミラベルなら」
「ちゃんと話を聞いてくれるよ」
「……怖いの」
エルフィナは震える声で言う。
「嫌われてたらって思うと」
リナは少し考え、静かに問いかけた。
「もし逆だったら?」
「何も言わずに離れていかれるのと」
「ちゃんと本音を話してもらえるの」
「エルフィナなら、どっちが嬉しい?」
エルフィナは答えられなかった。
「私はね」
リナは照れくさそうに笑う。
「何でも話してくれる友達がいいな」
「嬉しかったことも」
「悲しかったことも」
「腹が立ったことも」
「全部」
「その方が、本当の友達って感じがするから」
確かにそうだ……
自分だったら……考えたこともなかった
ふっと胸につかえていたものが、少しだけ軽くなった。
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
リナは満面の笑みを浮かべる。
「そろそろ起きる頃かな」
エルフィナは小さく頷いた。
「私……ミラベルと話してくる」
「うん!」
「いってらっしゃい!」
その笑顔に背中を押されるように、エルフィナは部屋へ入った。
⸻
「ミラベル……?」
静かな部屋。
ベッドの上で布団が小さく動く。
「ん……」
ゆっくりと目を開け、ぼんやり辺りを見回した。
「私、どのくらい寝てたんだろう……」
「リナ?」
「……私よ」
エルフィナはベッドの傍まで歩み寄る。
「エルフィナ?」
ミラベルは目を丸くした。
次の瞬間、ぱっと笑顔になる。
「エルフィナ!」
「怪我は大丈夫?」
エルフィナは息を呑んだ。
「……どうして」
震える声が漏れる。
「どうして、私の心配なんてするの?」
ミラベルは不思議そうに首を傾げた。
「だって」
「最近のエルフィナ、元気無さそうだったし、林の訓練は辛そうにみえたから」
エルフィナは目を見開く。
「心配してたんだ」
優しく笑う。
「でも、怪我してなくてよかった」
その笑顔が胸に刺さる。
「私は……」
唇が震えた。
「あなたに酷いことをした」
「『待って』って声も聞こえてた」
「なのに振り返らなかった」
「ごめんなさい……」
深く頭を下げる。
涙が止まらなかった。
静かな時間が流れる。
やがてミラベルが穏やかに口を開いた。
「エルフィナに、何かあったのかなって思ってたの」
「訓練を早退した日から、何日も姿を見なかったでしょう?」
「どこにいるのかな」
「大丈夫かな」
「ずっと心配してた」
エルフィナは顔を上げられない。
「だからね」
ミラベルは微笑んだ。
「こうしてまた話せて、本当に嬉しい」
少し照れくさそうに笑って続ける。
「仲間だもん」
「せっかく同じクラスになれたんだから」
「もっとエルフィナと仲良くなりたいって思ってたの」
その言葉だけで、エルフィナの涙が溢れた。
「……ありがとう、ミラベル」
「え?」
ミラベルはきょとんと首を傾げる。
「急にどうしたの?」
そう言って、いつものように笑う。
「あははっ」
その変わらない笑顔を見た瞬間、エルフィナはようやく心から泣くことができた。
その時だった。
ガチャッ!
勢いよく扉が開く。
「わーっ!」
「ミラベル起きた!」
リナが満面の笑みで飛び込んでくる。
「よかったぁ!」
「エルフィナと一緒に心配してたんだよ!」
エルフィナは慌てて涙を拭った。
リナは何も聞かない。
何も触れない。
ただ、いつものように笑う。
「ねぇねぇ!」
「せっかく三人いるんだし!」
「ご飯食べよ!」
「お腹すいたー!」
「リナ……」
ミラベルは苦笑した。
「私、まだ怪我人なんだけど?」
「あ」
リナは一瞬固まり――
すぐにぱっと笑顔になる。
「じゃあ私が購買で何か買ってくる!」
「今日は三人で部屋ご飯!」
「決まり!」
ミラベルが笑う。
エルフィナも、小さく笑った。
その笑顔は、昨日までとは少し違っていた。
三人の間にあったわだかまりは、静かにほどけ始めていた。




