第7話: 寮にて、交わる視線
試験が終わっても、ざわめきは消えなかった。
視線が、痛い。
さっきまでとは明らかに違う。
(……見られてる)
興味、警戒、そして——少しの恐れ。
落ち着かないまま、訓練場の端へ移動する。
リナがそっと隣に来て、小さく声をかけた。
「大丈夫?」
「……うん」
答えながらも、手の震えは止まらない。
(……あれは、なんだったんだろう……)
自分の中にある“何か”。
まだ掴めないけれど、確かに存在する力。
怖い。
⸻
学園の一日は、思ったより長かった。
慣れない場所。
慣れない人。
そして——自分でも分からない力。
すべてが、心に重くのしかかる。
「ここが女子寮みたい」
リナとともに建物の前に立つ。
石造りの大きな建物だけど、どこか温かみがある。
(……ここで暮らすんだ)
少しだけ、不安が和らいだ。
部屋の扉を開けると、簡素ながら整った空間が広がる。
ベッド二つ、机と棚。
「私たち、同室みたい!」
リナが嬉しそうに言う。
「……そうなんだ」
驚きと、少しの安堵。
知らない誰かより、リナでよかった。
(……変だな)
少し前まで、人と関わることすら怖かったのに。
荷物を片付け、二人は食堂へ向かった。
「お腹減ったね。初日だから緊張してたけど、落ち着いたらお腹空いてきた」
「そうだね」
食堂へ向かう途中、人の流れが不自然に途切れる場所があった。
誰も近づかない。
まるで避けるように。
その中心に、一人の少年が立っていた。
黒髪。
無駄のない立ち姿。
感情の見えない冷たい目。
(……この人……)
近くで見ると——
周囲の空気ごと切り離されているような、
“異質”さがあった。
小さな声が周囲から漏れる。
「ねぇ、あの人、確かノアって人……」
「ああ、“あの山”を越えてきたって……」
「正気じゃない……」
断片的な噂が、耳に入る。
「ねえ、山って……?」
リナに小さく尋ねると、彼女の表情が少し曇った。
「……昔、人に裏切られた精霊がその山に逃げたって言われてるの」
声を潜める。
「それで、瘴気を放つようになって……今はダンジョンみたいになってる」
(……精霊……)
胸の奥が、わずかにざわつく。
気づけば——
視線が自然と少年に吸い寄せられていた。
その瞬間。
少年が顔を上げ、目が合う。
——逸らせない。
冷たいわけじゃない。
でも、温度がない。
すべてを切り捨てるような目。
心臓が、強く鳴る。
怖い。
なのに——目が離せない。
先に動いたのは、向こうだった。
「お前」
低い声。
体がわずかに強張る。
「……なんで助けた」
息が止まる。
やっぱり、そこを聞かれる。
「……助ける必要はなかった」
淡々とした声。
胸の奥が、揺れる。
正しい。合理的。
でも、それは冷たすぎる。
「……それは」
言葉が詰まる。
怖い。
否定されるのが怖い。
「……できなかった」
「非効率だな」
即答だった。
「助けても、得はない」
(……そうかもしれない)
前世なら、そう思っていた。
でも——
「……見捨てる方が、もっと嫌」
小さく、でも確かに言った。
少年の目が、わずかに揺れる。
ほんの一瞬だけ。
「……変なやつだ」
それだけ言って、視線を外す。
張り詰めていた空気が、少し緩む。
(……怖かった)
——完全には拒絶されなかった。
食堂の灯りが、柔らかく揺れる。
人の声、食器の音。
普通の、日常。
なのに——さっきの視線が、頭から離れない。
部屋に戻ると、リナがベッドに座っていた。
「彼、どうだった?」
「……ちょっと怖い人」
正直に答えると、リナは苦笑した。
「だよね。でもさ」
少し声を落として続ける。
「あの人、誰とも関わらないのに——ミラベルにだけ話しかけたよ」
「……え」
思考が止まる。
「あんまり周りに関心なさそうなのにな」
リナは不思議そうに首を傾げる。
(……なんで)
分からない。
でも、あの一瞬——
確かに、何かが引っかかった気がした。
⸻
夜。
窓の外を見る。
ふと、気配がした。
視線を落とすと、中庭に——少年がいた。
一人で立っている。
動かない。
その姿を見て、胸がざわつく。
怖い。
警戒しているはずなのに——目が離せない。
(……なんなんだろう、この人)
胸元のペンダントが、わずかに脈打つ。
(……また……?)
少年はやがて、闇の中へ溶けるように去っていく。
残されたのは、説明のつかない違和感だけ。
私はまだ知らない——
あの視線の意味も。
このざわめきの正体も。
そして——
すでに、何かが動き始めていることも。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




