第67話 霧深い早朝
霧深い林の中。
特別科二年の五人は、任務に就いていた。
あの日から数日。
姿を消していたエルフィナは、何事もなかったかのように訓練へ戻ってきた。
誰よりも黙々と剣を振り、誰よりも真剣に任務へ取り組む。
「おい、エルフィナ。お前、大丈――」
ガルドが声を掛けようとした。
「心配をお掛けしました」
エルフィナは足を止め、静かに頭を下げる。
「もう体調は良くなりました。今日から戻ります」
その口調は、どこか他人行儀だった。
「そっか。それならよかった」
セレスが安堵したように笑う。
ミラベルも優しく微笑んだ。
「寮にも行ってみたんだけど、いなかったから心配してたの。元気そうで安心した」
一瞬だけ、エルフィナの表情が曇る。
「……心配してって、頼んでないわ」
その場の空気が止まった。
「おい、その言い方は――」
ガルドが眉をひそめる。
ノアも無言でエルフィナを見据える。
しかしミラベルは小さく首を振った。
「ううん」
「私が勝手に心配しただけだから」
「無事でいてくれて、本当に良かった」
柔らかな笑顔。
その笑顔から逃げるように、エルフィナは視線を逸らした。
「……。」
ノアとセレスは、無言で顔を見合わせた。
◇
任務は予定どおり開始された。
視界を遮る濃い霧。
ガルドを先頭に、一列となって林の奥へ進んでいく。
最後尾ではミラベルが周囲を警戒していた。
その時だった。
ぬかるみに足を取られる。
「きゃっ……!」
体勢を崩しながらも、すぐに立ち上がる。
少し前を歩くエルフィナの背中が見えた。
「エルフィナ、待って!」
エルフィナの肩が、ぴくりと動く。
聞こえている。
そう分かるほどの反応だった。
けれど、振り返らない。
そのまま前だけを見て歩き続ける。
ミラベルは小さく息をつくと、足早に後を追った。
しかし霧は深く、その距離は少しずつ開いていく。
「全員いるな?」
前方からガルドの声が響く。
「ああ」
「うん!」
ノアとセレスが返事をする。
「……ええ」
エルフィナも答えた。
最後尾から返事はない。
だが濃い霧のせいで、その異変に誰も気付かなかった。
「よし、このまま進むぞ!」
その瞬間――
ドォォォンッ!!
後方数メートル。
地面が爆ぜ、爆音が林に響き渡った。
全員が振り返る。
「何だ!?」
ノアが辺りを見回す。
「……ミラベルは?」
返事がない。
「おい!」
ガルドの声にも応答はなかった。
「エルフィナ!」
ガルドが振り返る。
「最後尾だったミラベルは!?」
エルフィナは静かに口を開く。
「……少し遅れてた」
「何?」
「足元取られてて」
「私に声を掛けてきた」
「でも、そのうち追いつくと思った」
ノアの顔色が変わる。
「何で黙ってた!」
「霧も濃かったし……」
エルフィナは感情を押し殺すように言う。
「すぐ後ろにいると思ってた」
ノアは舌打ちすると、爆発のした方向へ駆け出した。
「待って!」
セレスも後を追う。
ガルドも走り出そうとする。
「待って」
エルフィナが呼び止めた。
ガルドは振り返る。
「……そんなに急ぐ必要ある?」
一瞬、沈黙が流れる。
「二年生になって急に特別科へ来て」
「一緒に任務をするようになって」
「まだ数か月しか経ってない」
「そんな人を、あなたは仲間って呼べるの?」
ガルドはエルフィナを真っすぐ見つめた。
そして短く答える。
「当然だ。仲間だろ、お前もな」
それだけ言うと、迷うことなく霧の中へ駆け出していった。
エルフィナは、その背中を見送る。
仲間。
その言葉が胸の奥で重く響く。
セドリックの声が、ふと脳裏をよぎる。
『追い詰められるまで、自分がどんな人間か分からない』
エルフィナは拳を握り締めた。
迷い。
後悔。
言葉にできない感情が胸を締め付ける。
やがて小さく息を吐くと、自分も霧の中へ駆け出した。
辿り着いた時には――
そこには、爆発で倒れた木々。
土煙。
そして。
ノアたちに囲まれるミラベルの姿があった。
エルフィナは息を呑む。
「……え」
血に染まった服。
苦しそうな呼吸。
その光景に、全身から血の気が引いていく。
「これって……」
震える唇から、かすれた声が漏れた。
「……まさか」




