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第66話 失敗と嫉妬

ミラベルたち五人は、久しぶりに訓練場へ集まっていた。


夜会で険悪な雰囲気になっていたノアとミラベルも、今日はいつも通り言葉を交わしている。


その様子を見たセレスは、ほっと肩の力を抜いた。


「よかった。仲直りできたみたいだね」


ガルドも大きく笑う。


「なんだ! 元に戻ってるじゃねぇか!」


勢いよく両手を叩く。


「よし! まずはいつもの手慣らしだ!」


「二対三! 準備しろ!」


訓練前のウォーミングアップ。


軽く魔法を撃ち合い、体を温めるいつもの訓練だ。


それぞれが距離を取り、魔法具を構える。


――だが、一人だけ動かなかった。


エルフィナは俯いたまま、その場に立ち尽くしていた。


「……エルフィナ?」


ミラベルが心配そうに声を掛ける。


「どうしたの?」


エルフィナはゆっくり顔を上げた。


その表情は、どこか疲れ切っていた。


ミラベルの顔を見た瞬間、夜会の光景が胸に蘇る。


貴族たちに囲まれ、自然に笑っていた姿。


誰と話しても堂々としていた姿。


そして――セドリックが、ミラベルへ向けていた穏やかな視線。


胸が、ぎゅっと締めつけられる。


(どうして……)


(どうして、そんなふうに笑えるの……)


何も悪くない。


ミラベルは何一つ悪くない。


そう分かっているのに、その笑顔が眩しすぎて苦しい。


隣に立つだけで、自分の小ささを突きつけられる。


(違う……)


(そんなこと思っちゃ駄目)


唇を強く噛む。


このまま一緒にいたら、きっと笑えない。


きっと醜い顔をしてしまう。


そんな自分を、ミラベルに見せたくなかった。


「……ごめんなさい」


「今日は少し調子が悪いから、早退するわ」


返事を待たず、エルフィナは訓練場を後にした。


「あっ、エルフィナ!」


ミラベルが慌てて手を伸ばす。


その声に振り返りそうになる。


けれど振り返れば、きっと泣いてしまう。


だから足を止めなかった。


「……ほっとけよ」


ガルドが肩をすくめる。


「腹でも痛ぇんじゃねぇの?」


「ガルド」


セレスは呆れたようにため息をついた。


「もう少し心配してあげようよ」


「え? 俺、そんな変なこと言ったか?」


首をかしげるガルドに、セレスは苦笑するしかなかった。


ミラベルは去っていく背中を見つめる。


「……あとで様子を見てくるね」


「うん、お願い」


セレスは穏やかに頷いた。


そのやり取りを見ていたノアが静かに口を開く。


「俺たちは訓練を始めるぞ」


「エルフィナの分まで、無駄にはできない」


「おう!」


ガルドが拳を握り、魔法具を構えた。


エルフィナは一人、静かな廊下を歩いていた。


(逃げてきちゃった……)


足は止まらない。


胸の奥で渦巻く感情を、どうすればいいのか分からなかった。


(こんな気持ち……初めて)


勉強も。


魔法も。


努力してきた。


努力すれば認められると信じてきた。


自分にも、それなりの自信はあった。


なのに――。


夜会で認められたのはミラベルだった。


誰もがあの子を見ていた。


セドリックも。


(どうして……)


(私は、あの子みたいになれないんだろう)


悔しい。


羨ましい。


その感情が浮かぶたび、自分が嫌になる。


誰かと比べる必要なんて、今までなかった。


努力すれば、一番になれた。


周りは私を見てくれた。


それが当たり前だった。


なのに今は違う。


気づけば、私が誰かを見上げている。


あの子さえ、いなければ。


――違う。


ミラベルが悪いわけじゃない。


あの子は何も奪っていない。


私が勝手に比べてるだけ。


それなのに。


あの笑顔を見ると苦しくなる。


込み上げてくる想いで壊れそうなその時……


「やあ、夜会ぶりだね」


エルフィナはゆっくりと顔を上げた。


そこには、いつもの穏やかな笑みを浮かべたセドリックが立っていた。


「元気がないね」


「何かあったの?」


「ミラベルはすごいなって……」


エルフィナは力なく笑った。


「私は、何もできませんでした」


「そうかもしれないね」


「え……?」


否定されると思っていた。


だから、その返事は意外だった。


「君は今回、思うような結果を出せなかった」


「それは事実だ」


「でも、それだけだよ」


セドリックは肩をすくめるように笑う。


「一度転んだからって、そこで終わる人間なら、この学園にはほとんど残らない」


「……」


「君は今、自分で思っている以上に悔しがっている」


「その悔しさは悪くない」


少し間を置いて続ける。


「君が苦しいのは、失敗したからじゃない」


「誰かに負けたと思ってしまったからだ」


「……っ」


「しかも、その相手がミラベルだった」


エルフィナは何も言えなかった。


「面白いね」


ぽつりと、独り言のように呟く。


「君は、自分で思っているよりずっと負けず嫌いだ」


その言葉には、褒める響きも責める響きもない。


セドリックは踵を返す。


「まあ、焦ることはないんじゃない?」


「ただ、人って面白いよね」


「追い詰められるまで、自分がどんな人間か分からないんだから」


くすっと笑う。


「君がどんな選択をするのか、少し興味がある」


それだけ言うと、軽く手を振って去っていった。


エルフィナはその背中を見送る。


(興味……)


その言葉だけが、妙に耳に残っていた。


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