第65話 帰りの道で
「ちょ、ちょっと待って!」
ミラベルはノアに手を引かれ、必死についていく。
慣れない夜会用の長いドレスでは、思うように足が動かない。
「きゃっ!」
裾を踏み、前のめりに体勢を崩す。
「危ない」
咄嗟にノアが腕をつかみ、その身体を支えた。
「大丈夫か」
「ご、ごめん……」
ミラベルは慌てて姿勢を立て直し、小さく息をつく。
「ドレスって、こんなに歩きにくいんだね……」
ノアは小さくため息をついた。
「無理するな」
「でも、ノアがどんどん歩いていくから……」
その一言に、ノアの足が止まる。
「あ……」
自分が無意識に早足になっていたことに気付いた。
「……悪い」
短く謝る声が、静かな夜道に落ちる。
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
やがてノアが口を開く。
「……お前」
「誰といたんだ」
「え?」
「男と一緒にいたって聞いた」
「ずっと探してたんだ」
ノアは低く呟いた。
「姿が見えなくなって……何かあったのかと思った」
ミラベルは視線を伏せる。
ヴァルメイン公爵のことを話していいのか分からない。
「それは……」
「言えないのか?」
「違うの。そうじゃなくて……」
ノアの表情が険しくなる。
「任務中なんだぞ」
「知らない相手についていくな」
その言い方に、ミラベルも思わず言い返した。
「そんなの、ノアに関係ないじゃん!」
「なんだと?」
張り詰めた空気が二人の間を包む。
その時――。
「ノア! 待って!」
セレスが慌てて駆け寄ってきた。
「二人とも、落ち着いて!」
その後ろから、息を切らしたガルドも追いつく。
「はぁ……やっと追いついた」
二人を見比べ、不思議そうに首をかしげた。
「さっきまで一緒に走ってたと思ったら、今度は喧嘩か?」
「何があったんだよ」
「……何でもねぇ」
ノアはぶっきらぼうに答える。
「帰るぞ」
そのまま、ずんずんと歩き出した。
「はぁ?」
ガルドの額に青筋が浮かぶ。
「お前さ!」
「俺たち、お前に振り回されっぱなしなんだけど!」
「急に走り出すし、急に喧嘩始めるし!」
「少しは説明しろよ!」
ノアは振り返りもしない。
「……」
「もういい!」
ガルドは両手を広げて叫んだ。
「俺だって腹立ってきた!」
「まあまあ」
セレスが苦笑しながら二人の間に入る。
「王家が夜食を用意してくださってるみたいだから、学園へ戻ろう」
「冷めないうちに食べようよ」
その一言で、ガルドの表情がぱっと緩んだ。
「……夜食?」
「ちょうど腹減ってたんだよな」
セレスはくすりと笑う。
「それと、今夜は僕も寮に泊まるよ」
「二人の部屋、お邪魔してもいいかな?」
「俺はいいぜ」
ガルドは即答した。
ノアは前を向いたまま、小さく答える。
「……勝手にしろ」
まだ機嫌は直っていない。
ミラベルは三人の背中を見つめ、小さく息をついた。
(まだ怒ってる……)
理由は分からない。
それでも、いつもの四人で歩く帰り道は、不思議と心が落ち着いた。
少し前まで、この温かさを「居場所」と呼ぶことさえ知らなかった。




