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第64話 誰もいない広間

大広間は、静まり返っていた。


先ほどまで貴族たちの笑い声で満ちていたとは思えないほど、人の気配はない。


シャンデリアだけが淡い光を落とし、広い空間を照らしている。


「……」


ミラベルはゆっくりと歩みを進めた。


揺れが収まり、人々は係の案内に従って帰路についた。


気づけば、自分だけが広間に残されていた。


胸元へ手を添える。


指先に触れたのは、母の形見のペンダント。


自然と、公爵の言葉が脳裏によみがえる。


――どうか、これからも大切になさってください。


そして、レヴァン侯爵の意味深な笑み。


――今夜は、面白いものが見られるかもしれませんな。


(……あの言葉は、どういう意味だったんだろう)


ペンダントをそっと握りしめた。


その時だった。


「やあ」


足音もなく、穏やかな声が響く。


「君は帰らないのかい?」


ミラベルは弾かれたように振り返った。


「セドリック先輩?」


セドリックはいつもの柔らかな笑みを浮かべていた。


「王家から少し呼び止められていてね」


「広間へ戻ってきたら、もう誰もいなかった」


周囲を見回し、小さく肩をすくめる。


「君だけ残っているとは思わなかったよ」


「私も……気づいたら一人になっていて」


ミラベルは少し困ったように笑う。


セドリックは静かに頷いた。


「それで」


「君は、この夜会で何を得たんだい?」


突然の問いに、ミラベルは首を傾げる。


「えっと……」


「社交場という場を知ることができました」


「いろいろな方とお話しできましたし……」


セドリックは微笑んだ。


「優秀な答えだ」


「でも、それは僕が聞きたかったこととは少し違う」


「え?」


セドリックの視線が、ミラベルの胸元へ向けられる。


「そのペンダント」


「興味を示した方がいたんじゃないかな?」


ミラベルは思わずペンダントを押さえた。


「……どうして、それを?」


「やっぱり」


セドリックは小さく笑う。


「誰だった?」


「えっと……」


答えようとした、その時だった。


バン!


大広間の扉が勢いよく開く。


「ミラベル!」


聞き慣れた声が広間に響いた。


「ノア!」


ノアたち四人が駆け寄ってくる。


「無事だったか」


ノアは安堵したように息をついた。


その視線が、ミラベルの隣に立つセドリックへ向く。


「セドリック先輩?」


セレスが目を丸くした。


「保管庫の方へ向かわれたんじゃ……?」


セドリックは不思議そうに首を傾げる。


「保管庫?」


「僕はミラベルと一緒にいたよ」


その一言で、ノアの表情が固まる。


「男と一緒にいたって……」


低い声が漏れる。


「まさか、お前か?」


セドリックは苦笑した。


「いや、会ったのはついさっきだけどね」


だが、ノアの耳には届いていない。


「誰といた?」


「……いや」


「何をしていた?」


ミラベルは慌てる。


「えっと……」


セドリックが横から穏やかに笑った。


「それは、ちょっと言えないかな」


その瞬間。


ノアの中で、何かが切れた。


「帰るぞ」


「えっ?」


ミラベルの手を取ると、そのまま歩き出す。


「ちょっ、ちょっとノア!」


「ノア!待って、落ち着いて!」

セレス慌てて後を追う。


「何怒ってんだ?アイツ?」

ガルドは不思議そうについて行く。


四人の姿は、あっという間に広間の外へ消えていった。


静まり返った広間に残されたのは、セドリックとエルフィナだけだった。


エルフィナは姿勢を正す。


「……報告があります」


「人物は特定できませんでした」


「有力な情報も得られず……申し訳ありません」


セドリックは静かに頷いた。


「そっか」


「でも、大丈夫」


「こっちである程度、情報は集められたから」


エルフィナは目を見開く。


「え……?」


「君の役目は、これで終わり」


穏やかな笑みは変わらない。


「協力してくれてありがとう」


一拍置いて、小さく笑う。


「少し期待しすぎていたのは、僕の方だったみたいだ」


「まあ、そういうことだから」


そう言い残し、セドリックは静かに歩き去っていく。


一人残されたエルフィナは、その背中を見つめ続けた。


(私は……)


胸の奥が、ひどく冷たくなる。


それが任務の終わりだったのか、それとも──。


エルフィナには、もう分からなかった。


誰かに必要とされたと思っていた。


けれど、それは自分の思い込みだったのかもしれない。


エルフィナは唇を噛んだ。

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