第60話 夜会の異変
――王城・西回廊。
「行くぞ」
ノアが低く言った。
視線の先。
ドレイク伯爵が、周囲を気にしながら歩いている。
ガルドが続く。
「後をつけて大丈夫なのか?」
「あまり近づくと気づかれる」
ノアは短く返す。
「だが」
「ある程度まで、追ってみるぞ」
「わかった」
ガルドが短く答えた。
ノアとガルドは、あくまで自然に後をつける。
視線を細める。
「こんなとこ、初めてくる人間が知ってるのか?」
ガルドは囁く。
「普通じゃないな」
ノアが呟く。
貴族が近づく場所ではない。
王城内でも、限られた者しか入らない区域。
そこへ向かう理由など。
そう多くはない。
ドレイク伯爵は周囲を確認しながら、立入制限区域の前で足を止める。
誰もいない。
そう確認した後。
指輪へ触れた。
淡い光。
王城の壁に。
一瞬だけ魔法陣が浮かぶ。
「……」
ノアの目が細くなる。
「隠し術式」
ガルドが低く言う。
「王城にそんなものが?」
「あるんだろう」
ノアは構える。
「問題は」
「何のために使うかだ」
「ん? 誰だ!」
ノアとガルドは目配せし、静かに後退する。
「気のせいか?」
ガチャン、と扉の閉まる音がした。
「行ったか?」
ノアが呟く。
「ああ、行ったみたいだ」
ガルドが小声で答えた。
ノアはもう一度。
壁へ近づき、触れる。
そこには何もなく。ただの壁だった。
「なんだったんだ?」
ガルドは不思議そうに見つめる。
「わからない。一旦、戻るぞ」
「えっ?引き返すのか?」
「俺たちだけで突入しても、いいことにはならない。
情報共有が先だ。ミラベルたちと合流するぞ」
二人は元きた道を戻る。
その後ろ姿を見つめる影がいることも知らずに。
⸻
一方。
大広間では。
別の変化が起きていた。
楽団の演奏。
貴族たちの会話。
変わらない夜会。
その中へ。
一人の老人が現れる。
螺旋階段の上から。
ゆっくりと降りてくる。
王家に仕える老臣だった。
「皆さま」
「楽しまれているところ、申し訳ございません」
会場の視線が集まる。
「ご報告がございます」
老人は深く頭を下げた。
「王女殿下ですが」
「本日、体調が優れず」
「皆さまの前へ姿を見せることが叶いません」
ざわめき。
だが。
表向きは穏やかな反応が返る。
「それは残念ですな」
「ご体調が優れぬのであれば、致し方ありますまい」
「お見舞いを送らせていただきましょう」
その言葉と同時に。
侍従たちが静かに動き出した。
用意されていた果実。
王女殿下からの詫びの品が、会場へ配られていく。
「おお……これは珍しい」
「さすが王家ですな」
表面上。
夜会は続いていく。
しかし。
その裏側。
「……ふざけるな」
誰かが小さく呟いた。
「王女が久方ぶりに姿を見せるから来たというのに」
「これでは話が違う」
低い声。
「ならば」
「こちらも、こちらのやり方をするだけだ」
⸻
そして。
エルフィナは一人。
会場を歩いていた。
視線は人の流れを追っている。
「人探しか?」
背後から声。
振り返る。
「ノア……」
「何を探している」
「別に」
反射的に否定する。
「誰も探してなんて――」
言葉が止まる。
違う。
探している。
「……ミラベル」
その名前が自然に出た。
「ミラベルを探していたの」
「一緒じゃないのか?」
横からガルドが顔を出す。
エルフィナは少し迷って答えた。
「それが」
「私が離れた後、いなくなっていて」
「男性と一緒にどこかへ行ったらしいわ」
その瞬間。
ノアの表情が変わった。
「……男?」
「おい」
「……それは、どういうことだ」
ノアは低く問い返した。




