第58話 長い夜の幕開け
――王城・大広間。
無数のシャンデリアが、眩い光を降らせていた。
磨き上げられた床。
流れる楽団の旋律。
着飾った貴族たちの笑い声。
表面だけを見れば。
それは、華やかな夜だった。
しかし。
この場にいる誰もが、本当の意味で楽しんでいるわけではない。
笑顔の裏で。
相手の言葉を探る。
視線の意味を読む。
仕草の変化を見逃さない。
ここでは、全てが交渉材料になる。
⸻王家主催の夜会。
それはただの社交の場ではない。
王国の未来を左右する者たちが集まる、もう一つの戦場だった。
⸻
「……妙な空気だな」
ノアは小さく呟いた。
身に纏うのは、いつもの制服でも戦闘服でもない。
正装だ。
それでも。
立ち姿も、周囲を見る鋭い目も変わらなかった。
今回、特別科二年生に下された任務。
表向きは、王家主催の夜会における警戒。
しかし。
本当の目的は別にある。
王家に反発する勢力。
不審な動きを見せる者。
その存在を探ることだった。
そして。
生徒たちが、このような場所でどこまで動けるのかを見る意味も含まれていた。
隣にはセレス。
少し離れた場所にはガルド。
三人とも、普段とは違う空気の中でも警戒を緩めてはいない。
「貴族の集まりなんて、こんなものだよ」
セレスが淡々と言う。
「笑っていても、考えていることは別」
「……面倒くせぇ世界だな」
ガルドが小さく息を吐いた。
復帰してから。
これが初めての任務だ。
緊張と気合いが入り混じる。
その時。
入口付近がざわめいた。
ノアは反射的に視線を向ける。
最初に目に入ったのは。
淡い色。
照明を受け、静かに揺れる布。
どこかで見たことのある色だった。
「……」
一瞬、思考が止まる。
そして。
そのドレスを身に纏う人物を見て。
息を止めた。
ミラベル。
その隣には、エルフィナ。
二人とも、夜会に相応しい装いで立っていた。
(……これのためか)
ノアは理解する。
言えないと言っていた理由。
ドレスが必要だった理由。
全てが繋がった。
「……おい」
隣でセレスが小さく言う。
「固まってるよ」
「……うるさい」
短く返す。
けれど。
視線だけは、離れなかった。
いつもとは違う姿。
なのに。
不思議なくらい。
ミラベルらしかった。
彼女がこちらに気づく。
ほんの一瞬、目が合う。
ミラベルは、小さく笑った。
「ミラベル。任務中です」
エルフィナの小さな声。
ミラベルはすぐに表情を戻した。
柔らかな笑顔は消え。
いつもの任務の顔になる。
二人はそのまま、貴族たちの輪へ溶け込んでいった。
「エルフィナは自然すぎるな」
ガルドが呟く。
「ああ、様になってる」
セレスが頷く。
「ミラベルは大丈夫かな?」
「エルフィナがいるなら問題ないだろ」
ガルドが答える。
ノアは二人の背中を見ながら静かに息を吐き、再び会場全体へ視線を戻す。
華やかな音楽。
楽しげな笑い声。
並ぶ料理。
全てが完璧に見える。
なのに。
なぜか。
この場には、どこか不自然さがあった。
まるで。
誰かが、この夜会という舞台で。
何かが起こる瞬間を待っているような。
そんな違和感が。
消えなかった。
その時。
セレスの視線が、ある人物で止まる。
「あれは……」




