第57話 知らない私
ミラベルは首を傾げた。
「……?」
ノアの反応が、少しだけ変だった。
いつもの無表情。
いつもの淡々とした声。
なのに。
「ノア?」
「なんだ」
「……今、ちょっと変じゃなかった?」
「何が」
「顔」
「気のせいだ」
即答だった。
ミラベルはじっと見る。
ノアは視線を合わせない。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
先に耐えられなくなったのはノアだった。
「そんなに見るな」
「だって」
ミラベルは少し笑う。
「ノアがそんな反応するの、珍しいから」
「別に普通だ」
「普通?」
「普通」
「じゃあ、なんで目逸らしたの?」
「……」
ノアは黙る。
その沈黙が答えだった。
ミラベルは思わず笑ってしまう。
「ふふ」
「笑うな」
「ごめん。でも……」
鏡を見る。
そこには、いつもの訓練着でも制服でもない自分がいた。
淡い色の布。
細かな刺繍。
動くたびに揺れる裾。
少しだけ——
知らない自分みたいだった。
「……変な感じ」
小さく呟く。
ノアが見る。
「何が」
「こういう服」
ミラベルは袖をつまむ。
「私、こういうの着ることないと思ってたから」
「任務ばっかりだったし」
「似合わないと思ってた」
その言葉に。
ノアの表情が少し変わった。
「似合ってる」
短い言葉。
迷いがなかった。
ミラベルは目を丸くする。
「……え」
「聞こえなかったか」
「いや、聞こえたけど」
「ならいいだろ」
ノアはそう言って、顔を背ける。
ミラベルはしばらく黙った。
そして。
少しだけ嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
「……礼を言われることじゃない」
「でも、言いたかったから」
「そうか」
「うん」
不思議だった。
任務で褒められることはあっても。
誰かに、ただ「似合う」と言われることなんてなかった。
それが。
なぜか胸に残る。
店員が戻ってくる。
「とてもお似合いですよ」
ミラベルは少し照れながら頷く。
「……じゃあ、これにします」
「決めたんですね」
「はい」
ちらりとノアを見る。
「ノアが選んでくれたから」
「俺はただ選んだだけだ」
「それでも」
ミラベルは笑った。
その笑顔を見て。
ノアは一瞬だけ黙る。
そして。
「……なら、よかった」
小さく言った。
⸻
会計を終えて、店の外へ出る。
夕方の光が街を照らしていた。
「今日はありがとう、ノア」
「別に」
「でも、助かった」
「一人だったら決められなかったと思う」
ノアは歩きながら言う。
「お前、そういうところあるよな」
「え?」
「自分のことになると、急に分からなくなる」
ミラベルは考える。
「……そうかな?」
「ああ」
「任務の時は迷わないのに」
「自分のためのことは後回し」
図星だった。
ミラベルは苦笑する。
「ノアって、意外と見てるんだね」
「同じ班だからな」
「それだけ?」
「……」
ノアは答えない。
ミラベルはまた笑った。
「やっぱり変」
「何が」
「今日のノア」
「変じゃない」
「変だよ」
「……」
「でも」
ミラベルは空を見る。
「ちょっと嬉しい」
その言葉に。
ノアは少しだけ歩く速度を落とした。
「……そうか」
「うん」
並んだ影が伸びる。
来た時よりも。
二人の距離は、少しだけ近かった。
任務前日。
ミラベル宛に、大きな荷物が届いた。
「……何これ?」
荷物を見つめるミラベルの隣で。
リナはなぜか嬉しそうだった。
「ふふ」
「リナ?」
「開けてみて」
「?」
首を傾げながら、ミラベルは箱を開ける。
中から出てきたものを見て。
「あ」
思い出した。
「これ……」
「そう!あれ!」
リナは楽しそうに笑う。
「ちょっと着てみてよ」
「え、今?」
「今」
有無を言わせない笑顔。
ミラベルは押されるようにドレスを手に取った。
⸻
しばらくして。
試着室から出る。
リナは目を丸くした。
そして。
「……」
「?」
「ミラベル」
「なに?」
「お姫様みたい」
「え!?」
「すごく似合ってる」
リナは本当に嬉しそうに言った。
ミラベルは困ったように笑う。
「ありがとう」
「でも……変じゃない?」
「変?」
リナは首を傾げる。
「どこが?」
「こういう服、慣れてないし」
「だから?」
「……」
ミラベルは言葉に詰まる。
リナは笑った。
「似合ってるなら、それでいいじゃん」
その言葉に。
ミラベルは少しだけ目を伏せた。
「……そっか」
「うん」
リナはドレスを見て。
「あ」
と声を上げる。
「靴は?」
「靴?」
「あるの?」
「……ない」
「ヒールは?」
「走れないから無理」
リナは固まった。
「嘘でしょ?」
「ううん、ホント」
「え、じゃあ何履くつもりだったの?」
「動きやすい靴でいいかなって」
「いやいやいや」
リナは慌てる。
「パーティだよ?」
「一応……」
ミラベルは少し間を置く。
(任務だけど)
「でも、動ける方がいいかなって」
リナは呆れた顔をする。
「ミラベルらしいけど」
そして。
少し考える。
「……待ってて」
「?」
リナは自分の棚から靴を出した。
「これ貸す」
「え、いいの?」
「その代わり」
「?」
「ちゃんと女の子してきて」
「……」
ミラベルは困ったように笑う。
「難しい注文だね」
「大丈夫」
リナは笑う。
「ドレス着れてる時点で、もう半分成功してるから」




