第56話 持っていないもの
——女子寮
ミラベルは悩んでいた。
珍しく、深刻に。
「……どうしよう」
向かいのベッドで、
リナが本をめくりながら顔を上げる。
「なにが?」
ミラベルはしばらく黙って——
言った。
「服がない」
沈黙。
リナは瞬きをした。
「……それ、本気で言ってる?」
「本気」
ミラベルは机に突っ伏す。
「学園の制服と訓練着しかない……」
「外出着もないし……」
「ドレスなんて、もっとない……」
深刻だった。
本人は本気で。
リナはしばらく見ていたが——
ふっと笑った。
「じゃ、買いに行くしかないね」
ミラベルは顔を上げる。
「……うん。持ってない者は学園指定の店で見繕いなさいって。でも、一人で選べる気がしない」
「じゃあ、ノア呼べば?」
「……は?」
固まる。
「なんでノア?」
リナは首を傾げる。
「なんでって、見立ててもらえばいいじゃん」
「男目線いるでしょ」
「男目線?」
リナがにやっとする。
「だってほら、自分の感覚と人から見た感覚は違うじゃん、参考になると思うよ」
「そういうもんかな?」
「そういうもの、そういうもの。そうと決まれば誘いに行こう!」
「え!?ちょ、ちょっとリナ」
——数分後
なぜか。
ノアがいた。
女子寮前。
「……で、なんの用なんだ?」
ものすごく真顔で言う。
ミラベルも困っている。
「私も、よくわかってない」
リナが平然と言う。
「服選び」
「付き合って」
ノアは沈黙した。
断るかと思った。
だが。
「……別にいい」
短く返す。
ミラベルが固まる。
「え」
「行くのか、行かないのか」
「い、行くけど……」
その瞬間。
リナがぱっと笑う。
「じゃ、決まりね」
「私は急用できたから」
「え?」
「二人で行ってきて」
「は!?」
ミラベルが固まる。
ノアも固まる。
二人同時に。
リナは満足そうに手を振る。
「いってらっしゃい」
そのまま消えた。
ミラベル。
ノア。
二人だけ。
「で、何の服を買うんだ?」
「ドレス」
「ドレス!?」
ミラベルはしばらく黙って——
小さく答える。
「……でも、ノア困るよね?」
「必要なんだろ?行こうぜ」
⸻
並んで歩き出す。
ぎこちなく。
少しだけ距離を空けて。
「そういえば、ガルドが言ってたけど、男子寮に入寮したんだってね。ノア、知ってた?」
「ああ、知ってるも何も、同室だ」
「えっ?!そうなの!?」
「せっかく、一人部屋だったのに……」
ノアは不貞腐れた声で言う。
ミラベルはおかしくて笑った。
「おい、笑いすぎだぞ!」
「ごめん、ごめん。ノアとガルドが同室ってなんだか新鮮だね。会話なさそう」
二人の距離は——
少しずつ、縮まっていた。
話をしながら歩いていると、指定された店に着いた。
ミラベルは思わず足を止めた。
高級感のある店構え。
磨かれたガラス。静かな空気。
(……なんだか、場違いな気がしてきた)
少しだけ気後れする。
だが——
ノアはそんなことは気にもしていないように、そのまま扉を開けて中へ入っていった。
「え、ちょ……」
ミラベルも慌てて後を追う。
店に入ると、すぐに店員が現れる。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
品のある、落ち着いた声だった。
ミラベルは少し緊張しながら、学園から預かっていた封筒を差し出す。
「あの、これ……」
店員は中を確認し、柔らかく微笑む。
「学園の方ですね。承っております。こちらへどうぞ」
案内され、奥の部屋へ入る。
そこで——
ミラベルは息をのんだ。
たくさんのドレスが並んでいた。
淡い色。深い色。繊細な刺繍。
光を受けて、布が静かに揺れている。
思わず見渡す。
「……きれい」
小さく、声が漏れた。
だが。
いざ選ぶとなると——
「……どれも素敵で、決められない」
ミラベルは困っていた。
目移りしてしまう。
どれも違って見えて、どれがいいのか分からない。
隣で見ていたノアが言う。
「好きな色で選べばいいんじゃないか」
「好きな色……」
少し考えて、ミラベルは首を傾げる。
「そうだなぁ……目立たないのがいいかな」
任務の癖だった。
できるだけ目立たず、浮かず、邪魔にならないもの。
そう考えて、無難な色のドレスを手に取る。
「……これにしようかな」
ノアは並んだドレスをしばらく見ていた。
そして。
一着に手を伸ばす。
「これ」
「え?」
「着てみろ」
ミラベルは目を瞬く。
「なんで?」
「……なんとなく」
それ以上は言わなかった。
ミラベルは不思議に思いながらも、そのドレスを受け取る。
⸻
先に、自分で選んだ方を着た。
鏡を見る。
落ち着いた色。
控えめな形。
悪くない。
むしろ、自分にはこれくらいが合っている気がした。
「……どうかな?」
試着室から出る。
ノアは静かに見る。
「悪くはない」
少し間を置いて。
「……無難だな」
「う」
図星だった。
(でも、これでいいんだけど)
そう思う。
自分が目立つ必要なんてない。
そういう服の方が、きっと自分らしい。
——そう思っていた。
ふと。
もう一着のドレスを見る。
(せっかく選んでくれたし……)
もう一度、試着室へ戻った。
⸻
カーテンを開ける。
少しだけ緊張しながら。
「……どう?」
ノアは言葉を失った。
一瞬だけ。
目を見開く。
すぐにいつもの表情へ戻る。
「……」
「ノア?」
「……まあ」
視線を逸らす。
「いいんじゃないか」
「決めきれないなら、それにしろ」
ぶっきらぼうな言い方。
けれど。
いつもより少しだけ、声が固い。
ミラベルは首を傾げながら鏡を見る。
そして。
「あれ……?」
小さく呟く。
不思議だった。
さっきまでの服とは違う。
派手でもない。
目立つわけでもない。
なのに。
なぜか。
自分に馴染んでいる。
よく見ると。
その色は——
「……これ」
ミラベルは目を瞬く。
見覚えがあった。
毎日見ている色。
自分の瞳と、同じ色。
「だから……」
思わず笑う。
「しっくりくるんだ」
ノアを見る。
けれど。
彼は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ目を逸らしていた。




