第54話 崩れる証明
「離れろ!」
ガルドは叫んだ。
だが。
遅かった。
足元から広がった影は、意思を持つように形を変える。
黒い腕。
それは迷うことなく、ミラベルへ向かって伸びた。
「きゃっ……!」
ミラベルは咄嗟に魔法を展開する。
防壁。
しかし。
影は止まらない。
まるで魔法を飲み込むように、そのままミラベルへ迫る。
「クソッ!」
ガルドが駆け出す。
「やめろ!」
「戻れ!」
「俺の言うことを聞け!」
叫ぶ。
だが。
影は止まらない。
「俺は……」
ガルドの声が震える。
「俺は、俺のやり方でやってきた」
影が揺れる。
「誰かに頼らなくても」
「自分で前に出て」
「自分で結果を出してきた」
拳を握る。
「なのに……」
「どうしてだよ」
「どうして、うまくいかねぇんだよ……」
ミラベルは黙って聞いている。
「進級できない」
「一年下の奴らと組まされる」
「最初は気にしてなかった」
「実力があれば関係ないって思ってた」
「でも……」
影がさらに大きくなる。
「そいつらとも、うまくできねぇ」
「ノアには責任感が足りないって思われて」
「エルフィナには考えなしだって言われて」
「……」
「俺の何が悪いんだよ」
「分からない」
影の腕に挟まれそうになりながら、必死に抵抗するミラベルは、腕の間からガルドに向けて言葉をかけた。
「……私には分からない」
ガルドが顔を上げる。
「何が悪いかなんて」
「私、ガルドの全部を知らないから」
「でも」
ミラベルは影を見る。
「ガルドが苦しそうなのは分かる」
「ずっと一人で、正しいって証明しようとしてたんじゃない?」
ガルドの顔から血の気が引く。
自分の力。
自分の影。
なのに。
自分の意思では動かない。
「なんで……」
震える声。
「どうして……」
ガルドが影に抵抗していた力が緩み、
再び影の勢いが強くなる。
影の中で苦しむミラベルを見る。
「いつも……こうなんだ……」
ミラベルは追いかけてきた。
一人になろうとした自分を。
誰も理解できないと思っていた自分を。
それでも。
「一人にしたくない」
そう言ってくれた。
欲しかった言葉だった。
認めてほしかった。
否定されたくなかった。
ずっと。
ずっと。
なのに。
「俺が……」
「俺が出した影で……」
「ミラベルを……」
ガルドの呼吸が乱れる。
「違う……」
「こんなつもりじゃ……」
影がさらに大きくなる。
ガルドの恐怖に反応するように。
「俺は……」
拳を握る。
その時。
「ガルド!」
声が響いた。
振り返る。
ノアだった。
「……来るな」
ガルドが低く言う。
「来るなよ」
「また傷つける」
ノアは止まらない。
「ミラベルを助ける」
「それだけだ」
「違う!」
ガルドが叫ぶ。
「これは俺の問題だ!」
「俺がやらかした!」
「だから俺が――」
「まただ」
ノアの声が重なる。
ガルドが止まる。
「お前、また一人で背負おうとしてないか?」
「……」
ノアは影を見る。
「自分だけで前に出る」
「自分だけで決める」
ガルドの拳が震える。
「……」
ノアは続ける。
「一人で戦おうとするな、周りを、仲間を頼れよ」
その言葉。
ガルドの胸に刺さる。
「無理だ」
小さな声。
「怖ぇんだよ」
初めて。
ガルドが弱音を吐いた。
「俺の力で……」
「誰かを傷つけるのが」
沈黙。
ノアは静かに言う。
「お前一人で制御しろなんて言ってない」
「俺たちを頼れよ」
「……」
影の中。
ミラベルがゆっくり顔を上げる。
「ガルド……」
「大丈夫」
その声。
ガルドが見る。
「なんで……」
「なんでそんなこと言えるんだよ」
ミラベルは苦しそうに笑う。
「だって」
「ガルドは、私を傷つけたいわけじゃないから」
その瞬間。
影が揺れた。
初めて。
ガルドの声に反応する。
「……」
ガルドは震える手を伸ばす。
「戻れ……」
「俺は……」
「もう、誰かを傷つけるために強くなりたくない」
影へ触れる。
「戻れぇぇぇ!」
叫び。
黒い影が震える。
そして。
少しずつ。
ガルドの足元へ戻っていく。
――
静寂。
倒れ込むミラベル。
「ミラベル!」
ガルドが駆け寄る。
「大丈夫……」
ミラベルは息を整える。
「ガルド」
「……」
「来てくれてありがとう」
ガルドは言葉を失う。
違う。
自分が傷つけた。
なのに。
彼女は責めない。
その優しさが。
今までで一番苦しかった。
「……悪かった」
小さな声。
「本当に……悪かった」
ノアは何も言わない。
ただ。
初めて見た。
ガルドが自分から謝る姿を。
――
その頃。
遠く離れた場所。
一人の影が揺れる。
「……なるほど」
「いやいや、これはこれは」
「面白いものがみれたね」
誰にも聞こえない声。
――
ガルドの影。
それはまだ。
誰にも知られていない秘密だった。




