第49話 帰還命令
ただ、不思議なほどに静かだった。
嵐が去った後のような静けさ。
けれど――
本当に終わったわけではない。
そんな違和感だけが、森の中に残っていた。
背後で足音がする。
ノアだった。
「……大丈夫か?」
短い問い。
ミラベルは少しだけ迷ってから、頷く。
「うん……」
その言葉に、ノアは小さく息を吐いた。
「そうか……あまり一人で抱え込むなよ」
それ以上は言わない。
その後ろで、セレスが焼けた森を見回す。
「どこから調査しようか?」
ぽつりと呟く。
「……そうだな」
ガルドが焼け跡を見る。
「まずは出火元を確認するか」
セレスが頷く。
「よし、原因を探すぞ」
意気揚々とガルドが声を上げたその時、
「帰還命令です」
冷たい声が響いた。
エルフィナが一枚の紙を掲げている。
学園からの正式指令。
そこには、いつもの連絡書とは違う印が押されていた。
王家監察局。
「これ以上の現地調査は禁止」
「全員、直ちに帰還」
ガルドが紙を見る。
そして、舌打ちした。
「……は?」
「今から原因調査するとこだぞ!」
拳を握る。
「しかも、まだ森の中、全部見てねぇだろ」
エルフィナは表情を変えない。
「判断は上層です」
「私たちに拒否する権限はありません」
「……権限?」
ガルドが笑う。
「ふざけんな」
「現場で戦ってんのは俺たちだろ」
空気が重くなる。
ノアが口を挟む。
「従うしかない」
短い言葉。
でも。
それは諦めではなかった。
今ここで逆らえば、もっと大きな問題になる。
ミラベルは黙って、そのやり取りを見ていた。
(……終わったの?)
違う。
何も終わっていない。
胸元のペンダントが、ほんの一瞬だけ熱を持つ。
拒否ではない。
誘導でもない。
ただの反応。
まるで。
何かを覚えているように。
ミラベルは小さく息を吐いた。
「……わかった、戻ろう」
その一言で、決まった。
――――
王都方面・帰路。
馬車の中。
沈黙が続いていた。
誰も多くは話さない。
ミラベルは窓の外を見る。
流れていく景色。
遠ざかる森。
けれど。
切り離された感覚はなかった。
むしろ。
ずっと近くにあるようだった。
(持ってきてしまった)
あの森を。
あの石碑を。
あの選択を。
ノアが横目で見る。
「何考えてる」
ミラベルは少し間を置く。
「……守るって、どういうことなのかなって」
ノアはすぐには答えなかった。
しばらくして。
「状況次第だ」
それは答えになっていない。
けれど。
ノアらしい答えだった。
セレスが前の席から振り返る。
「でも、ミラベルはもう答えを出してるでしょ」
「え?」
セレスは小さく笑う。
「選んだんでしょ」
「守る方を」
車内が静まる。
ミラベルは何も言えなかった。
ただ。
胸元のペンダントを握る。
(私は……)
(もう、あの頃の私には戻れない)
静かに、そう思った。
――――
王都・学園
城壁の向こう。
いつもの学園が見える。
安全な場所。
帰る場所。
……だったはずなのに。
馬車が門をくぐった瞬間。
教官が数名、待ち構えていた。
そのうちの一人が近づいてくる。
「お疲れだったな」
「本来なら、まず休ませてやりたいところだが……」
教官は一枚の書類を見る。
「特別科二年生五名」
「王家監察局から召集命令だ」
空気が止まる。
ノアが眉をひそめる。
「監察局?」
ガルドが険しい表情でいう。
「……なんで、監察局が?」
ミラベルの胸元。
ペンダントが、微かに震える。
ミラベルは静かに前を見る。
帰ってきたはずの場所で。
新しい何かが、始まろうとしていた。




