第47話 選ぶ者
——国境の森・外縁
焦げた匂いが、まだ残っていた。
黒く焼けた木々。地面には熱が残っている。
ミラベルは足を止めた。
視線の先、森の奥で赤い光が脈打っている。
「……まだ燃えてる」
それは炎というより——
“形になりきれなかった何か”のように見えた。
ミラベルたちは森の方へと進む。
⸻
——国境の森・入口
森の前に立つと、空気が変わった。
風はあるのに、揺れない。
音はあるのに、遠い。
ノアが小さく息を吐く。
「……静かすぎるな」
セレスは目を細める。
「魔力の流れが“切れてる”みたいだ」
エルフィナは一歩も動かず森を見ている。
ガルドは舌打ちした。
「気味悪いな、ここ」
ミラベルは胸元に手を当てた。
ペンダントが、さっきよりも強く脈打っている。
(ここは……)
“外側の境界”
その認識が、確信に変わっていく。
一歩、ノアが踏み出す。
その瞬間だった。
——音が、消えた。
風ではない。
世界から“音という層”が剥がれ落ちたような感覚。
セレスが周囲を見回す。
「……今の、なに?」
ガルドが構える。
「なんか来るぞ」
地面が震えた。
——ドンッ!!
空間が破裂するように、炎が噴き上がる。
現れたのは、獣の形を“取ろうとしている”炎。
輪郭は揺らぎ、定まらない。
だが確かに、“意思”だけがそこにあった。
ガルドが前に出る。
「来るぞ!!」
炎が咆哮した。
熱が空気そのものを歪める。
⸻
「右、回り込む!」
ノアが叫ぶ。
「正面は俺が止める!」
ガルドが地面を踏み砕き、防壁を立てる。
だが——
炎はそれを“溶かした"のではない。
“なかったことにするように”崩した。
「っ……!?」
ガルドの表情が歪む。
「熱の流れが異常です」
エルフィナが一歩前に出る。
空間が凍るように静まる。
「——静界氷域」
周囲の熱が一瞬で抑え込まれる。
炎の動きが鈍る。
「今のうちに——」
その言葉が終わる前に。
炎が膨張した。
爆ぜる。
視界が白に染まる。
衝撃。
轟音。
衝撃で全員が吹き飛ばされた。
背中から地面に叩きつけられる。
ノアが立ち上がる。
「おい、大丈夫か?」
「ああ」とガルド。
「無事だよ」
セレスの声も返ってきた。
「問題ありません……ただ」
エルフィナが言葉を切る。
視線が揃う。
……一人、いない。
——森の奥
ミラベルは地面に倒れていた。
「……っ!」
息が詰まる。
周囲を見渡す。
誰もいない。
音もない。
炎の気配すら、遠い。
完全に切り離されていた。
「……みんな?」
返事はない。
その代わりに。
胸元が熱を帯びる。
ペンダントが、“引いている”。
森の奥へ。
(……行かなきゃ)
理由は分からない。
それでも、確かに感じる。
これは“命令”ではない。
——自分が、そうしたいという感覚。
ミラベルは立ち上がった。
——別方向・戦闘区域
「ミラベルがいない!」
ノアが舌打ちする。
「吹き飛ばされたか……!」
セレスは冷静に周囲を見渡す。
「探す余裕はないね。あれ、まだ動いてる」
炎の魔物はなお暴れている。
ガルドが歯を食いしばる。
「俺が」
「駄目です」
エルフィナが即座に遮る。
「分散は非効率です」
ガルドが睨む。
「仲間だろ!」
エルフィナの瞳は揺れない。
「優先すべきは被害の最小化です」
一瞬だけ、空気が裂ける。
ノアが低く言う。
「……今はこっちだ」
ガルドは拳を握りしめる。
「クソが……!」
それでも、動くしかなかった。
⸻
——森の奥・深部
ミラベルは進んでいた。
導かれている。
それは道ではない。
“選択の積み重ね”のようだった。
やがて。
森が途切れる。
そこだけ、空間が歪んでいる。
中心に——石碑。
古びている。
崩れかけている。
それでも、確かに“残っている”。
「……これ、あの時の……」
ミラベルは一歩近づく。
その瞬間。
——ドクン
ペンダントが強く脈打つ。
視界が揺れる。
景色が変わる。
燃える街。
崩れる建物。
誰かの叫び。
「守れなかった」
その声が胸を貫く。
ミラベルは膝をつく。
苦しい。
痛い。
でも——目を逸らせない。
どこから声がする。
「守るとは——選び続けること」
静かな声。
だが確かな重みを持つ。
ミラベルの手が震える。
(私は……)
過去ではない。
今、ここでの選択。
助けられない未来。
それでも。
ゆっくりと顔を上げる。
「……私は」
息を吸う。
「守る方を選ぶ」
その瞬間。
空間にひびが走る。
光が溢れる。
ミラベルの周囲に、淡い膜のような魔力が展開する。
光が収まる。
静かな森の中、ミラベルは立っていた。
息を整えながら、石碑を見る。
そこにもう光はなかった。
ただ、確かに“痕跡”だけが残っている。
ミラベルは胸元に触れる。
ペンダントは静かだった。
「……私が、守る」
小さく、だが確かな声。
森の奥で。
何かが、動き始めていた。




