第45話 抜き打ち試験
——特別科校舎・二年教室
ミラベルは教室の扉を開いた。
中には既に二人の生徒がいた。
エルフィナ・クローディア。
そして、ガルド・レイヴン。
二人とも一瞬だけこちらを見る。
だが、すぐに視線を外した。
ミラベルも小さく会釈をして席へ向かう。
しばらくしてノアとセレスも教室へ入ってきた。
「席、どうする?」
セレスがノアに聞く。
「空いてるとこでいいだろ。この教室、普段使ってないらしいし」
ノアの言葉に返事をしたのはセレスではなかった。
「そんなことはないぞ」
声が聞こえた。
背後からだと思った。
ノアとセレスが反射的に振り返る。
だが。
「こっちだ」
声は前から聞こえた。
教卓の横。
いつの間に現れたのか、一人の男が立っていた。
誰も入ってくるところを見ていない。
まるで最初からそこにいたかのようだった。
「……」
ノアが僅かに眉をひそめる。
男は気にした様子もなく笑った。
「今年からお前たちの担任を務める」
「よろしくな」
軽い口調だった。
だが、どこか掴みどころがない。
「二年からは実戦だけじゃない」
教官は教卓に腰を預けた。
「座学もある」
「実戦もある」
「どっちもできなきゃ困るからな」
嫌な予感がした。
そして大抵そういう予感は当たる。
教官は一枚の紙を取り出した。
「というわけで」
にやりと笑う。
「抜き打ち試験だ」
一瞬の沈黙。
「は?」
ノアが素で聞き返した。
「抜き打ち?」
セレスも目を瞬かせる。
教官は平然としていた。
「そうだ」
「二年最初の授業だからな」
「まずは実力を見せてもらう」
ガルドが露骨に顔をしかめる。
「……またかよ」
誰にも届かないほど低い声。
だが、その目はわずかに揺れていた。
(また説明なしで進む。しかも、理由が与えられない)
拳が、わずかに強く握られる。
怒りではない。
“理解できないものが積み上がっていく感覚”。
教官は五枚の紙を配った。
「古代文字の読解」
「分かる範囲でいい」
ミラベルは受け取った紙を見る。
見たことのない文字だった。
歪な線。
奇妙な記号。
どの国の文字とも違う。
ノアが紙をひっくり返した。
「読めるわけないだろ」
「僕も初めて見る」
セレスが苦笑する。
エルフィナは真剣な顔で文字を追っていた。
ガルドは腕を組んだまま動かない。
ミラベルも紙へ視線を落とす。
その時だった。
じわり。
胸元が熱くなる。
「……?」
ペンダント。
かすかに熱を帯びている。
視線を戻す。
文字を見つめる。
すると、不思議な感覚がした。
読めない。
意味も分からない。
それなのに。
どこか懐かしい。
初めて見るはずなのに。
昔から知っていたような。
そんな違和感。
ミラベルは思わず眉をひそめた。
(なんだろう……)
もう一度文字を見る。
だが、やはり読めない。
ただ胸の奥がざわつくだけだった。
「はい、そこまで」
教官が手を叩く。
教室の空気が戻った。
「どうだった?」
ノアが即答する。
「さっぱりだ」
「同感」
セレスも肩を竦めた。
エルフィナは静かに答える。
「既存の分類と一致しません」
ガルドは紙を机へ置いた。
「意味があるようには見えねぇな」
教官はその答えを聞いて小さく笑った。
「なるほどな」
それ以上は何も言わない。
正解も教えない。
ただ紙を回収していく。
ミラベルの前まで来ると、一瞬だけ視線が止まった気がした。
だが、それもほんの一瞬だった。
「試験は終わりだ」
教官は紙をまとめる。
「今日はこれで解散」
「短くない?」
セレスが思わず言った。
「十分だろ」
教官は笑う。
「二年は忙しくなるぞ」
そう言い残し、教室を後にした。
残された五人は顔を見合わせる。
新しい学年。
新しい仲間。
そして、新しい試験。
ミラベルはそっと胸元を押さえた。
ペンダントはもう熱を失っていた。
けれど。
あの文字を見た時の感覚だけは、心の奥に残り続けていた。




