第43話 試練の果てと学園の影
——学園・大講堂
大講堂には多くの生徒が集まっていた。
お互い何も言わないまま、三人は並んで講堂の入り口を進む。
「正直に言って自信ない」
重い空気が漂う中、セレスが口を開いた。
ミラベルは俯き、
「私も……」
そう答えるしかできなかった。
昨日は眠れなかった。
あの判断で本当によかったのか?
合格だけを目指すなら、あの場所がどうなろうと持ち帰るべきだったのでは?
いくら思いを巡らせても、あの判断しか私にはできない。
そう強く思うだけだった。
俯くミラベルの隣、ノアは黙って腕を組む。
セレスはそんなノアの、一瞬の不安げな顔を見逃さなかった。
進級試験の結果発表。
緊張した空気が漂う中、生徒たちは掲示板の前へ押し寄せる。
「おっ、あった!」
真っ先に声を上げたのはセレスだった。
「やった! 三人とも合格だ!」
ミラベルも慌てて掲示板を見る。
そこには確かに三人の名前があった。
特別科第二学年——進級。
胸の奥から息が漏れる。
「……よかった」
思わず胸元のペンダントへ触れる。
冷たいはずの石が、少しだけ温かく感じた。
隣でノアが腕を組む。
「当然だ」
「いやいや、さっきまで不安そうだったよね」
セレスが呆れたように笑う。
ノアは肩を竦めるだけだった。
だが、その表情はどこか穏やかだった。
ミラベルはもう一度掲示板を見る。
本当に合格していた。
封印核を持ち帰らなかった自分たちが。
理由は分からない。
それでも。
あの選択を後悔してはいなかった。
——学園・中庭
試験を終えた生徒たちが、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
セレスは大きく伸びをする。
「終わったー!」
「声が大きい」
ノアが呆れたように言った。
「ずっと気を張ってたから、つい」
セレスは苦笑する。
ミラベルも思わず笑みを零した。
穏やかな風が吹く。
見上げれば、どこまでも青い空が広がっていた。
ふと、海底の景色を思い出す。
青く輝く結晶。
巨大な魚。
静かな海。
あの子達を守れたなら——
「あそこに置いてきて良かったと思う」
ぽつりと呟く。
ノアは短く頷いた。
「ああ」
セレスも同意するように笑う。
「僕もそう思う」
その言葉だけで十分だった。
後悔はない。
少なくとも今は、そう思えた。
その時だった。
「やあやあ。三人ともお揃いで」
聞き慣れた声が背後から響く。
振り返ると、不敵な笑みを浮かべたセドリックが歩いてくるところだった。
「うわ、面倒なのが来た」
ノアが隠しもせず呟く。
「ひどくない?」
セドリックは大げさに肩を落としてみせた。
「おめでとう。ちゃんと生きて帰ってきたんだね」
ぱちぱちと軽く拍手する。
「どうも」
セレスが気のない返事を返した。
ミラベルも小さく会釈する。
「さて、そんな君たちに僕からありがたい祝辞を――」
「いらねぇ」
最後まで聞かず、ノアは踵を返した。
「えっ、ちょっと!?」
慌てて追いかけようとするセドリック。
だが、
「僕たちも失礼します」
セレスもそう言ってノアの後を追う。
「え、ちょっと待って!?」
ミラベルも申し訳なさそうに頭を下げた。
「失礼します」
そして二人を追いかける。
三人の背中は、あっという間に遠ざかっていった。
取り残されたセドリックは、しばらくその後ろ姿を眺めていた。
やがて、小さく肩をすくめる。
「相変わらずだなぁ」
困ったように笑う。
だが、その笑みは次第に薄れていった。
細められた瞳が、三人の消えた先を静かに見つめる。
「……なるほど」
誰に聞かせるでもなく呟く。
その声には先ほどまでの軽薄さはない。
まるで何かを確かめたような響きだった。
「これは、少し面白くなりそうだ」
口元だけがゆっくりと吊り上がる。
風が吹いた。
揺れた前髪の奥で、その瞳が一瞬だけ鋭く光る。
そして次の瞬間には、いつもの飄々とした笑みへ戻っていた。
「さて――報告しないとね」
その呟きは風にさらわれ、誰の耳にも届かなかった。った。
——学園長室
机の上には進級試験の報告書が積まれている。
その中の一枚に、学園長の手が止まった。
ミラベル。
ノア。
セレス。
封印核は回収せず。
理由。
『あれは、あの場所に在るべきものだと思いました』
学園長はしばらくその文章を見つめていた。
やがて静かに報告書を閉じる。
ゆっくりと立ち上がった。
その表情から感情を読み取ることはできない。
ただ、その瞳だけが僅かに細められていた。
———
——特別科の一室
ミラベルたちは教室に集められていた。
「なんだろう?」
ミラベルが首を傾げる。
「さあ?」
セレスも不思議そうに首を傾げた。
教室の扉が開く。
入ってきたのは教官。
そして、その後ろに続く一人の男性だった。
ざわり——
教室の空気が変わる。
白髪交じりの髪。
年齢を感じさせるが、その背筋は真っ直ぐ伸びている。
穏やかな佇まい。
それなのに、不思議な存在感があった。
教官が一歩前へ出る。
「進級した諸君へ、学園長から激励の言葉を頂く」
学園長は静かに教壇へ立った。
教室が自然と静まり返る。
「諸君」
落ち着いた声が響く。
「この一年、よく学び、よく生き抜いた」
短い言葉だった。
だが、その一言には重みがあった。
「今後も励みなさい」
それだけ告げると、学園長は教壇を降りる。
学園長はゆっくりと教室を見渡した。
優秀な者、期待される者。
それぞれに短く視線を向ける。
そして。
その視線が、ほんの一瞬だけミラベルのところで止まった。
「……?」
ミラベルは思わず首を傾げる。
気のせいだろうか。
だが学園長は何も言わない。
表情も変えない。
そのまま教室を後にした。
扉が閉まる。
張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
「なんだか緊張した……」
セレスが小さく息を吐く。
ミラベルも同じ気持ちだった。
けれど。
なぜだろう。
学園長の視線だけが、妙に心に残っていた。




