第42話 選んだ答え
学園中央広場。
試験官はミラベルたちを見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
周囲も静まり返る。
やがて試験官は短く告げた。
「わかった」
その一言に、ミラベルはわずかに肩の力を抜いた。
叱責されるかと思っていた。
だが試験官の表情は変わらない。
「ご苦労だった」
それだけだった。
試験官は視線を全体へ向ける。
「本日の進級試験は終了とする」
広場にざわめきが広がった。
「各班、結果発表は次回大講堂にて行う」
「今日は解散だ」
号令と共に緊張が解ける。
生徒たちはそれぞれ仲間と話しながら広場を後にしていった。
ミラベルは小さく息を吐く。
「怒られなかったね」
「まだ分からないだろ」
ノアが淡々と返した。
その表情はいつも通りだったが、どこか考え込んでいるようにも見える。
「結果発表は次回だしね」
セレスも肩を竦めた。
「不合格かもしれない」
ミラベルは胸元のペンダントを握る。
海底で見た青い結晶が脳裏に浮かんだ。
あれが正しかったのか。
今でも分からない。
それでも——。
「後悔はしてない」
ぽつりと呟く。
ノアが小さく頷いた。
「俺もだ」
セレスも苦笑する。
「まあ、今さら取りに戻るわけにもいかないしね」
思わず三人の間に笑みが零れた。
そのまま人波の中へ消えていく。
彼らはまだ知らない。
自分たちの選択が、別の場所で波紋を広げ始めていることを。
——
その日の夕刻。
学園本館・会議室。
進級試験を担当した試験官たちが集められていた。
長机の上には各班の報告書が並ぶ。
部屋の後方には黒い外套を纏った王家直属監察局の面々が無言で立っていた。
重い空気の中、一人の試験官が報告書へ目を落とす。
「一年生三名か」
紙をめくる音が響く。
「封印核は回収せず」
「現地に残置」
別の試験官が頷いた。
「理由は、結晶が現地で何らかの役割を果たしている可能性があるため」
やがて数名の試験官が顔を見合わせ、小さく頷いた。
「なるほど」
「彼らなりに考えたか」
そして。
試験官の一人が静かに言った。
「ならば、それもまた答えと言えよう」
その瞬間だった。
「お待ちください」
後方から声が響く。
王家監察官だった。
部屋の空気が張り詰める。
「試験内容は封印核の回収です」
監察官は真っ直ぐ試験官を見据える。
「持ち帰れなかった時点で失格ではありませんか」
数人の試験官が視線を向ける。
しかし、最前列に座る試験官は落ち着いたままだった。
「試験とは答えをなぞるためだけにあるものではない」
静かな声。
だが不思議とよく響いた。
「目の前の状況を見て考えること」
「何を守るべきかを見極めること」
「そして、自ら判断すること」
試験官はゆっくりと言葉を続ける。
「今回試したかったのは、そこだ」
監察官の眉が僅かに動いた。
「ですが命令は命令です」
「命令に従わなかった者を評価するのですか」
試験官はしばらく沈黙した。
そして静かに答える。
「彼らは命令に背いたのではない」
「命令より重いものを見つけたのだ」
再び沈黙が落ちた。
監察官の表情は硬い。
試験官たちの表情もまた変わらない。
互いの考え方が交わることはなかった。
——
その夜。
学園内の一室。
蝋燭の明かりだけが部屋を照らしていた。
黒い外套の者たちが円卓を囲む。
王家直属監察局。
「甘い判断です」
一人が不満を口にした。
「命令を遂行できなかった生徒を評価するとは」
「学園は生徒に自由を与えすぎている」
別の監察官も頷く。
「王家魔法部隊候補を育成する機関としては危険です」
机の上には一枚の報告書。
宛先は王都。
そして王家。
「報告を上げますか」
誰かが尋ねる。
「当然だ」
即座に返答があった。
「学園だけに任せるべきではありません」
やがて一人の監察官が静かに言った。
「王女殿下も興味を示されるはずです」
封蝋が押される。
蝋燭の炎が揺れた。
まだ誰も知らない。
その報告書が。
学園そのものを揺るがす最初の一手になることを。




