第34話 渦巻く線
セレスは魔法陣へ一歩近づいた。
「こんな術式、文献でも見たことがない」
黒く変色した紋様を見つめ、
険しい表情を浮かべる。
ノアも眉をひそめた。
「封印核じゃないのか?」
「分からない。でも——」
セレスが言いかけた、その時。
ピシッ。
乾いた音が響いた。
「……!」
魔法陣の一角に、
細い亀裂が走る。
ガラスが割れるような音だった。
亀裂はゆっくりと広がっていく。
黒い紋様の上を這うように。
やがて。
その隙間から水が滲み出した。
「何だ……?」
セレスが息を呑む。
滲み出た水は地面を濡らさない。
宙に浮かぶように揺れながら、
亀裂の奥へ吸い込まれていく。
まるでそこに、
別の世界が存在しているかのように。
亀裂の奥では、水が渦を巻いていた。
激しく。
深く。
底の見えない闇を抱えながら。
空間そのものがねじれ、歪み、渦となって回転している。
見ているだけで視界が揺らぐ。
足元の感覚がおかしくなる。
吸い込まれそうだ。
「離れろ!」
ノアの鋭い声が飛ぶ。
その瞬間だった。
ゴォォォォォッ!!
轟音が響く。
渦が一気に膨れ上がった。
砕けた石や瓦礫が宙へ舞う。
「っ!」
セレスの身体が大きくよろめく。
足元の岩場が崩れた。
「セレス!」
ノアが駆ける。
手を伸ばす。
だが――届かない。
セレスは目を見開いたまま、黒い渦へ飲み込まれた。
「くそっ!」
ノアが舌打ちする。
迷いは一瞬もなかった。
そのまま渦へ飛び込む。
「ノア!」
ミラベルが叫ぶ。
振り返ったノアが怒鳴った。
「来るな! そこで待ってろ!」
次の瞬間。
ノアの姿も渦の中へ消えた。
残されたのは荒れ狂う波音だけ。
「……ノア」
ミラベルは呆然と立ち尽くした。
信じられない。
ほんの数秒前まで、
二人はそこにいたのに。
渦だけが残っている。
胸の奥がざわつく。
待てと言われた。
分かっている。
けれど――。
「そんなの、無理だよ……」
ミラベルは一歩前へ踏み出した。
セレスも。
ノアも。
二人ともあの中にいる。
危険だとしても、
ここで何もしないなんてできなかった。
だが。
その時だった。
ドクン――
胸元のペンダントが脈打つ。
「っ!」
熱い。
今まで感じたことのないほど。
白い光が隙間から漏れ出す。
ドクン。
ドクン。
鼓動に合わせるように。
まるで何かに呼応するように。
すると。
黒い渦の奥で、
何かが光った。
青白い光。
深い海の底で揺れる灯火のような。
ミラベルは思わず目を凝らす。
その瞬間。
視線が絡んだ。
巨大な何かの瞳と。
「――え」
ぞくり、と背筋が震える。
逃げなければ。
そう思った。
だが身体が動かない。
視線を外せない。
渦の奥から、
見えない力が伸びる。
ペンダントが強く輝いた。
まるで呼び合うように。
「なに……これ……」
次の瞬間。
足元の空気が歪んだ。
景色が捻じれる。
身体が前へ引かれる。
強引に。
抗う間もなく。
「きゃっ――!」
地面が消える。
浮遊感。
渦。
轟音。
伸ばした手は何も掴めない。
世界が反転する。
青と黒が混ざり合う。
そして――
ミラベルもまた、
闇の中へ飲み込まれた。




