第31話 静かな余波
——翌日・学園
池での騒動から一夜。
学園には、表向きの静けさが戻っていた。
壊れた窓。
削れた石壁。
焦げ跡の残る廊下。
被害の痕跡は残っている。
だが、生徒たちはいつも通り授業へ向かい、
教官たちも淡々と学園を動かしていた。
——まるで、
“何もなかったこと”にするように。
「聞いた? また魔物出たんだって」
「最近、多くない?」
「特別科が全部倒したらしいぞ」
廊下では、
そんな噂が飛び交っている。
ミラベルはその声を聞きながら、
小さく視線を落とした。
胸元のペンダントへ触れる。
あれ以来、
ときどき微かに熱を持つようになっていた。
(……まだ、終わってない)
そんな気がする。
——
——訓練場
午前の訓練。
ノアとセレスは、
いつも通り先に来ていた。
「遅い」
ノアが短く言う。
「ご、ごめん」
ミラベルが慌てて駆け寄る。
セレスは苦笑した。
「ノア、まだ集合時間前」
「……そうか」
そう言いながら、
ノアは既に準備を終えている。
ミラベルは小さく笑った。
少しだけ、
空気が軽い。
池での戦いを経て、
三人の距離は確かに変わっていた。
——
「……で?」
セレスが木箱へ腰掛ける。
「昨日の池、結局なんだったと思う?」
空気が少しだけ変わる。
ノアが腕を組んだ。
「自然発生じゃない」
「僕もそう思う」
セレスの表情から笑みが消える。
「魔力の流れが不自然すぎた。
誰かが意図的に歪めた可能性が高い」
ミラベルは息を呑む。
(……誰かが)
あの声。
“歪み”
背筋が、
微かに冷える。
そのとき——
訓練場の扉が開いた。
「お、揃ってるねぇ」
軽い声。
セドリック・ヴァレンタイン。
相変わらず気配なく現れ、
ひらひらと手を振る。
「……またお前か」
ノアが露骨に嫌そうな顔をする。
「その反応ひどくない?」
セドリックは肩をすくめた。
だが次の瞬間、
その目が静かに細まる。
「近いうちに、学園全体が騒がしくなる」
空気が止まる。
「……どういう意味だ」
ノアの声が低くなる。
セドリックは答えず、
代わりに笑った。
「もうすぐ進級試験だろ?」
——進級試験。
その言葉に、
訓練場の空気が変わった。
特別科の進級試験。
それは単なる試験ではない。
実力不足は、
容赦なく切り捨てられる。
「今年は例年以上に厳しいらしいよ」
セレスが小さく眉をひそめる。
「王家直属監察局も来るとか」
ミラベルの胸がざわつく。
王家。
その言葉だけで、
片目の王女の存在が脳裏をよぎった。
——見られている。
そんな感覚。
「まあ、お前らなら大丈夫じゃない?」
セドリックが軽く笑う。
だが、
その目だけは笑っていなかった。
「……特に、ミラベル」
ミラベルの肩が小さく揺れる。
「え……?」
セドリックはそれ以上何も言わず、
踵を返した。
「じゃ、頑張って」
軽い声だけを残し、
訓練場を後にする。
沈黙。
セレスが小さく息を吐く。
「……嫌な言い方」
「ああ」
ノアの視線は、
閉じた扉へ向けられたままだった。
ミラベルは胸元を押さえる。
ペンダントが、
微かに熱を持っていた。
——進級試験。
それは、
新たな試練の始まりだった。




