第27話:帰路と影の視線
無線魔導器に、各班の声が戻る。
『特別科二年東側班、霧の消失を確認』
『特別科三年北側班、異常なし。これより帰還する』
途切れていた通信が、
ようやく山へ戻ってきた。
セレスが受信機を耳に当てる。
「こちら特別科一年班。対象の鎮静を確認。これより下山します」
短く報告し、通信を切った。
——静かだった。
さっきまで満ちていた瘴気は薄れ、
山には本来の冷たい空気が戻っている。
ミラベルは、その場へ小さく座り込んだ。
「はぁ……っ……」
呼吸がうまく整わない。
守護魔法を使い続けた反動で、
胸の奥が熱を持っていた。
指先が微かに震える。
胸元へ触れる。
ペンダントは、
まだほんのり温かかった。
(……怖かった)
今でも、
あの感覚は消えていない。
拒絶された痛み。
孤独。
精霊から流れ込んできた感情が、
まだ胸の奥に残っている。
けれど——
(見捨てる方が、もっと怖い)
その想いだけは、
不思議なほどはっきりしていた。
「……帰るぞ」
ノアの声が落ちる。
現実へ引き戻される。
ミラベルは顔を上げた。
「もう少し……休んでから……」
「ダメだ。報告が先」
即答だった。
そこに迷いはない。
セレスが思わず苦笑する。
「相変わらず容赦ないね、君」
そしてミラベルへ手を差し出した。
「立てる?」
「……ありがとう」
その手を取り、
ゆっくり立ち上がる。
足元はまだ少しふらつく。
だが、
もう歩けないほどではない。
その時。
セレスの視線が、
ふとミラベルの左手首へ落ちた。
「……まだ痛む?」
ミラベルは反射的に腕を押さえる。
「え……?」
「さっきの紋様だよ」
静かな声。
ノアも眉をひそめた。
「消えたんじゃなかったのか」
「見た感じはね」
セレスは僅かに目を細める。
「でも、普通の魔法じゃない」
空気が少しだけ重くなる。
ミラベルは左手首へ触れた。
もう何も浮かんでいない。
それでも、
奥に熱だけが残っている。
「……分からない」
小さな声。
それ以上、
答えは出なかった。
——
三人は山道を進む。
霧は少しずつ晴れ、
木々の隙間から月明かりが差し込んでいた。
静かな夜だった。
まるで、
何事もなかったかのように。
——そのとき。
木々の奥で、
何かが揺れた。
黒い影。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないまま、
それは三人を見つめていた。
感情のない視線。
やがて影は、
闇へ溶けるように消える。
——
王城・奥室。
薄暗い部屋の中。
王女は静かに目を閉じていた。
片目の奥で、
微かな魔力の揺らぎを感じ取る。
「……消えてないのね」
小さな呟き。
山に満ちていた瘴気。
その残滓が、
まだどこかに残っている。
ゆっくりと、
王女の口元が歪む。
「まあ、いいわ」
静かな声。
「逃げられるものなら、逃げてみなさい」
燭台の炎が揺れる。
壁へ伸びた影が、
ゆっくりと広がっていった。
——
遠く。
学園の方角で、
微かな魔力が脈打つ。
それは、
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないまま、
静かに消えていった。
まるで——
次の“何か”が、
目を覚ましかけているように。




