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地獄の毎日から目覚めた少女は、元王家の生き残りでした 〜新しい運命の扉を開く〜  作者: 白椿(しろつばき)


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第26話 霧が晴れるとき

霧の中心。


黒く濁った瘴気が、

脈打つように大地を覆っていた。


石床を侵食しながら、

闇の魔力がじわじわと広がっていく。


押し返したはずだった。


なのに——終わっていない。


冷たい空気が肺へ入り込み、

肌の奥まで凍らせる。


「……まだ、いる」


ミラベルが小さく呟く。


霧の奥。


瘴気を纏った精霊が、

ゆっくりと姿を揺らしていた。


人の形。


けれど輪郭は崩れ、

まるで痛みに耐えるように歪んでいる。


「下がってろ」


ノアが前へ出た。


ミラベルを庇うように立ち、

光魔法を構える。


セレスも周囲へ視線を巡らせた。


「瘴気の濃度が異常だ……暴走してる」


風が吹く。


その瞬間——


『……ニンゲンハ……』


掠れた声が響いた。


ミラベルの肩が震える。


頭の奥へ、

直接感情が流れ込んできた。


恐怖。


拒絶。


孤独。


押し潰されそうな痛み。


「……違う」


無意識に言葉が零れる。


「何がだ」


ノアが振り返る。


「お前、また声が聞こえてるのか?」


責める色はない。


ただ状況を見極めようとする鋭い眼差し。


ミラベルは唇を噛んだ。


怖い。


けれど——逃げられない。


「……苦しんでる」


静かな声。


「人が……怖いって……」


空気が変わる。


ノアが精霊を見る目を細めた。


「敵意だけじゃないのか」


「瘴気に呑まれて、自我が壊れてる可能性があるな……」


セレスが低く呟いた。


その瞬間——


瘴気が爆ぜる。


「っ!」


黒い影が刃のように襲いかかった。


ノアが即座に動く。


「伏せろ!」


光弾が霧を裂いた。


一撃。


二撃。


逃げ道を読むような正確さで、

闇を撃ち抜く。


そこへセレスの炎が重なった。


「逃がさない!」


炎は風を纏い、

霧の中を駆け抜ける。


熱が瘴気を焼き、

精霊を押し返した。


だが——消えない。


苦しむように、

影が揺れ続ける。


『……コワイ……』


その声に、

ミラベルの胸が締めつけられた。


(この子……)


敵じゃない。


ずっと、

独りだったんだ。


ミラベルは一歩踏み出す。


「ミラベル!」


ノアの声が飛ぶ。


だが止まれない。


近づくほど、

瘴気が肌を刺した。


それでも。


「見捨てない」


胸元のペンダントが輝く。


温かな光。


攻撃ではない。


包み込むような優しい光が、

瘴気へ触れる。


その瞬間。


黒い霧が大きく揺れた。


『……アタタカイ……』


精霊の声が変わる。


怒りが、

わずかに薄れた。


ミラベルはゆっくりと手を伸ばした。


「もう、一人じゃない」


光が広がる。


柔らかく、

霧を溶かすように。


「だから……大丈夫」


精霊の輪郭が揺らいだ。


瘴気が、

剥がれ落ちるように消えていく。


『……ニンゲンハ……コワイ……』


流れ込んでくる記憶。


拒絶。


孤独。


裏切り。


胸が痛い。


苦しい。


それでもミラベルは、

目を逸らさなかった。


「……うん」


小さく頷く。


「怖いよね」


否定しない。


押し込めない。


痛みごと受け止める。


だからこそ、

光は消えなかった。


「それでも——私は、見捨てない」


沈黙。


霧が静かに揺れる。


やがて。


精霊を覆っていた瘴気が、

ゆっくりと薄れていった。


——その瞬間。


残された黒い瘴気が、

突如ミラベルへ向かって溢れ出す。


「っ……!?」


まるで逃げ場を求めるように、

黒い霧が左腕へ絡みついた。


「ミラベル!!」


ノアが叫ぶ。


だが遅い。


瘴気はミラベルの腕を這い、

皮膚へ染み込むように侵食していく。


「ぁ……っ!!」


焼けるような激痛。


思わず膝をつく。


熱い。


痛い。


まるで身体の内側を、

直接焼かれているみたいだった。


ドクン、ドクン。


鼓動が暴れる。


呼吸が乱れる。


肺が上手く空気を吸えない。


「はぁ……っ、ぁ……!」


視界が歪む。


頭の奥へ、

濁った感情が流れ込んでくる。


恐怖。


孤独。


憎しみ。


絶望。


『……ヤメ……』


掠れた声。


精霊が苦しげに揺らぐ。


『……チガウ……』


まるで、

暴走する瘴気を止めようとしているようだった。


その時。


ミラベルの左手首が、

強く光を放つ。


「——っ!!」


左手首の内側。


そこへ、

淡い紋様が浮かび上がった。


古い文字。


絡み合う魔法線。


未完成の円陣。


まるで——誰かが刻んだ祈り。


「……なんだ、それ……」


ノアの声が強張る。


セレスも息を呑んだ。


「そんな魔法陣……見たことない……」


紋様が脈打つ。


ドクン。


その瞬間——


ミラベルの脳裏へ、

知らない景色が流れ込んだ。


白い石塔。


崩れた祭壇。


泣いている少女。


そして。


『——必ず、守るから』


女の声。


優しく、

けれど泣きそうな声。


「……っ、ぁあ……!!」


頭が割れるように痛む。


ミラベルは苦しげに頭を押さえた。


知らない。


こんな記憶、

自分のものじゃない。


なのに。


胸が締め付けられるほど、

懐かしかった。


その間にも、

精霊の身体から溢れていた黒い瘴気が、

糸のようにほどけ始める。


霧が晴れていく。


山を覆っていた濃霧が、

ゆっくりと空へ溶けていった。


「はぁ……っ、ぁ……!」


左手首が熱い。


まるで、

何かが脈打っているみたいに。


セレスは険しい顔で、

その腕を見つめる。


「……今の魔法、

普通じゃない」


紋様は淡く脈動を続けている。


ドクン。


ドクン。


それに合わせるように、

ミラベルの呼吸も乱れていく。


「っ……ぁ……」


苦しい。


胸が締めつけられる。


瘴気の残滓が、

身体の奥を這い回るようだった。


すると——


紋様が、

ふっと明滅した。


次の瞬間。


まるで幻だったかのように、

左手首から消えていく。


淡い光が散り、

跡形もなく消失する。


同時に。


「——っ、はぁ……!」


ミラベルの身体から、

力が抜けた。


荒れていた呼吸が、

少しずつ落ち着いていく。


胸を締めつけていた痛みも、

ゆっくり薄れていった。


だが。


左手首だけは、

まだじんわりと熱を残している。


ミラベルは困惑したように、

そこを押さえた。


(今の……何……?)


分からない。


何も残っていない。


それなのに。


まるで、

まだ“何か”が眠っているような感覚だけが残っていた。


静寂。


その時だった。


『……アリガトウ……』


微かな声が、

霧の奥から響く。


ミラベルが顔を上げる。


そこにはもう、

禍々しい瘴気はなかった。


精霊は淡い光へ変わり、

穏やかな姿で立っている。


『……コワカッタ……』


消え入りそうな声。


けれど。


先ほどまでの憎しみは、

もう残っていなかった。


風が吹く。


山を覆っていた濃霧が、

ゆっくりと空へ溶けていく。


月明かりが、

静かな山道を照らした。


「……終わった、のか」


ノアが小さく息を吐く。


精霊の姿は、

やがて光となって、

静かに山の奥へ溶けていった。

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