第25話 影の試練
『――ミツケタ』
無線が途絶えた瞬間。
霧の奥で、“何か”が動いた。
「来るぞ!」
ノアの声が飛ぶ。
空気が震えた。
視界の輪郭が歪み、
景色そのものが崩れ落ちる。
——
山だった。
だが、もう山ではない。
足元の石床は脈打ち、
霧は生き物のように絡みつく。
冷たい。
息が詰まる。
胸の奥へ直接、
不安だけを流し込まれる感覚。
そして——
ミラベルの前に、
“それ”は現れた。
「……お母さん……?」
懐かしい笑顔。
優しく差し伸べられる手。
ずっと、会いたかった人。
足が動きかける。
けれど。
(……違う)
本能が叫ぶ。
次の瞬間。
笑顔が歪んだ。
崩れる。
泣き顔へ変わり、
やがて闇へ溶ける。
代わりに現れたのは、
冷たい視線。
継母。
何も言わない。
ただ、“不要だ”と告げる目。
胸が軋む。
息が浅くなる。
逃げたい。
思い出したくない。
「やめ……」
膝が震える。
視界が暗く沈みかけた——そのとき。
胸元のペンダントが、淡く光った。
じんわりと、
温かさが広がる。
乱れていた魔力が、
少しずつ整っていく。
『逃げるな』
声ではない。
直接、心へ落ちてくる。
『向き合え』
冷たい。
けれど同時に、
不思議なほど静かだった。
ミラベルの指先が震える。
怖い。
鼓動が速い。
守護魔法の出力には限界がある。
今の自分は弱い。
それでも——
拳を握る。
「……怖くても」
一歩、踏み出す。
「逃げない」
瞬間。
景色に亀裂が走った。
——
霧が弾ける。
現実が戻る。
そこにいたのは、
瘴気をまとった闇精霊。
人の形。
だが輪郭は崩れ、
影が絶えず溢れ続けている。
「ミラベル!」
ノアの声。
「精神干渉だ! 飲まれるな!」
セレスが周囲を睨む。
「空間ごと干渉してる……厄介だな」
影が揺れる。
空気が軋む。
ミラベルは息を整えた。
胸の痛みは消えない。
過去も消えない。
それでも。
目は逸らさない。
「……私は」
光が、手元へ集まる。
「見捨てない!」
——
守護魔法が展開される。
温かな光が広がり、
霧を押し返した。
影が軋む。
瘴気が悲鳴のように揺れる。
だが消耗も大きい。
肺が熱い。
魔力が削られていく。
(止まれない……!)
闇精霊が、
ゆっくりとこちらを見る。
『守る覚悟があるか』
低い声。
『試してやろう』
——
「行くぞ」
ノアが前へ出る。
指先へ収束した光が、
鋭く放たれた。
一直線。
回避の軌道を読んだ二撃目が、
即座に追い込む。
その動きは、
まるで剣だった。
無駄がない。
速い。
正確すぎる。
ノアの呼吸がわずかに乱れる。
だが、
その瞳は一切揺らがない。
——
「逃がさない」
セレスが踏み込む。
炎が走る。
風がそれを押し出し、
霧の中で軌道を変える。
逃げ道を塞ぐように、
炎が影を囲んだ。
——
「……そこ!」
ミラベルの光が重なる。
結界が広がり、
闇精霊へ触れる。
瘴気が弾けた。
影が、
初めて後退する。
——
光。
炎。
風。
三つの力が重なる。
押し込む。
確実に。
ミラベルは荒い息を吐いた。
怖い。
痛い。
苦しい。
胸に手を当てる。
鼓動はまだ速い。
「……全部、消えない」
それでも。
顔を上げる。
「でも——進める」
光がさらに強くなる。
守護魔法と、
闇精霊の魔力が響き合う。
——
闇精霊が低く揺れた。
瘴気が膨れ上がる。
まるで、
応えるように。
戦いは終わらない。
試練は、まだ始まったばかりだった。
そしてミラベルは、
胸の奥で確かに理解する。
(あの日感じた違和感も)
(守りたいと思った気持ちも)
(全部——繋がってる)
恐怖は消えない。
それでも、
前へ進む理由には変わっていた。




