第21話 隠していたこと
魔物襲撃事件終息直後、教官らが駆けつける。
「何があった?」
セレスが経緯を説明する。
「山の瘴気と似たものが、霧のように現れて、魔物が数匹出現しました。
僕ら、3人で討伐しました。」
「そうか、ご苦労。負傷者はいないな。
ひとまず、1人ずつ別室で話を聞かせてくれ。」
⸻
——学園・廊下
教官からの質問を受け、部屋を出たあと。
静まり返った廊下を、ミラベルは一人で歩いていた。
胸元のペンダントを指先で押さえながら、
先ほどの戦闘を思い返す。
(……あの魔物……あの影……)
脳裏に焼き付いて離れない。
霧の奥で見えた、黒い揺らぎ。
けれど——
(ノアやセレスには見えていなかった……)
無意識に歩みが遅くなる。
そのとき。
背後から足音が近づいた。
「……話せ」
低く、よく通る声。
振り返ると、ノアが隣に並んでいた。
「え……?」
ノアは足を止め、
まっすぐにミラベルを見る。
鋭い視線。
だがそこに責める色はない。
ただ——確かめようとしている。
「お前……何が見えてる?」
ミラベルは一瞬、言葉を失った。
胸元のペンダントへ触れる。
視線がわずかに落ちる。
(話すべき……?)
(でも、全部はまだ……)
迷いを押し込むように、
小さく息を吐いた。
「……霧の動きが、なんとなく分かるだけ」
短い沈黙。
ノアはほんのわずかに眉を上げた。
「……なるほど」
それだけ言うと、
考えるように視線を外す。
そして。
「でも——無理はするな」
再び向けられた視線は、
先ほどより少しだけ柔らかかった。
「見えるなら、その分狙われる」
ミラベルは小さく目を見開く。
「……うん」
静かに頷いた。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(……私、もっと強くなる)
(守られるだけじゃなくて——)
(ちゃんと、守れるように)
ノアはそれ以上何も言わず、
軽く顎を引いた。
「行くぞ。立ち止まってる場合じゃない。訓練再開だ」
「……うん」
二人は並んで歩き出す。
その瞬間。
ペンダントが、微かに震えた。
(……え?)
声は聞こえない。
けれど確かに、
“何か”が呼んでいる。
(……まだ、終わってない……)
窓から差し込む光が、
二人の影を長く伸ばしていた。
その距離は、
先ほどよりほんの少しだけ近い。
⸻
——訓練場
ミラベルはノアの後に続き、中へ入る。
熱気の残る空間。
奥にはセレスの姿。
そして——もう一人。
「あれ? お二人さん、お揃い?」
軽い調子の声が響く。
視線を向けると、
ベンチに腰掛けた青年がひらひらと手を振っていた。
特別科二年。
セドリック・ヴァレンタイン。
(……あの先輩)
(特別観測員の……)
「何しに来た?」
ノアが警戒を隠さず問う。
「そんな怖い顔すんなよ。……ああ、元々か」
セドリックは肩をすくめ、笑った。
セレスが興味深そうに口を開く。
「前から気になっていたんですが、二人はどういう関係で?」
「良くぞ聞いてくれた!」
セドリックが勢いよく立ち上がる。
「俺たちは兄弟、いや弟子、いや運命共同体というべきか——」
「ただの幼馴染だ」
ノアが即座に遮った。
「えー、最後まで言わせてよ〜」
セドリックがわざとらしく肩を落とす。
「用がないなら帰れ」
「あるって。この前の魔物襲撃事件の件で、教官たち忙しくて来れないらしくてさ。今日は俺が代役」
ひらりと紙を見せながら言う。
「見てるだけでいいって言われてる。優秀な後輩たちの訓練、興味あるし?」
「……雑すぎるだろ」
ノアが呆れたように吐き捨てる。
「いいじゃんいいじゃん。ほら、始めな?」
セドリックは楽しげに手を振った。
「あはは……ほんとにこの人、いつもこんな感じなんだね……」
セレスも苦笑する。
三人は顔を見合わせ、
小さく息を合わせた。
「……やるぞ」
ノアが構える。
その姿に、
ミラベルはわずかに目を止めた。
重心が低い。
踏み込みの位置。
魔法を放つ前の構えなのに、
どこか“近接戦”を思わせる。
(……なんだろう)
(ノアの動き……普通の魔法使いと違う……?)
「ノア……変わんねぇな、その間合い」
不意に、
セドリックが懐かしむように笑った。
「魔法主体になっても、癖は抜けないか」
ノアはわずかに眉を寄せる。
「……うるさい」
それ以上は語らない。
だがミラベルの胸には、
小さな違和感だけが残った。
⸻
対戦形式の訓練が始まる。
だが——
(……っ)
ミラベルの指先が、わずかに震えた。
視線の端で、
何かが“揺れた”。
(今……何……?)
霧のような。
影のような。
黒い揺らぎが、
ほんの一瞬だけ見えた気がした。
「集中しろ」
ノアの声で、
はっと現実へ引き戻される。
「ご、ごめん……!」
慌てて構え直す。
打ち合いが始まる。
だがミラベルの意識の一部は、
ずっと別の“気配”を追っていた。
⸻
訓練場の端。
セドリックは頬杖をつきながら、
静かにその様子を眺めていた。
「ノア……ほんと変わんねぇ」
どこか懐かしそうに呟く。
だが次の瞬間。
その視線が、
すっとミラベルへ移った。
鋭く。
静かに。
「やっぱり、目が離せないな〜」
誰にも聞こえないほど小さな声が、
空気へ溶けた。




