第18話 仲間だと思っていたのに
夜の山は、不気味なほど静かだった。
霧が深い。
昼よりも濃い白が視界を覆い、
数歩先すらまともに見えない。
湿った空気が肌にまとわりつく。
ミラベルはペンダントを握りしめた。
熱はある。
反応している。
なのに——
(……いない)
声が聞こえない。
あの気配も、
今は遠かった。
隣を歩くノアが低く言う。
「前、見ろ」
「……うん」
返事をする。
けれど視線は、
何度も霧の奥へ向いてしまう。
どこかにいる気がした。
苦しんでいる気がした。
それなのに届かない。
⸻
ざわ。
霧の向こうで、何かが揺れた。
ミラベルの呼吸が止まる。
(……っ!)
熱が強くなる。
いた。
そう確信した瞬間——
「待て」
ノアの声より先に、
ミラベルは一歩踏み出していた。
白い霧の奥。
ぼんやりと、
人影のようなものが見える。
「……あなた、なの……?」
返事はない。
でも、
そこに“何か”はいた。
ミラベルがさらに近づこうとした、その時。
霧の向こうから、
低い声が落ちた。
「——何をしている」
空気が凍る。
ミラベルの動きが止まった。
霧が揺れる。
現れたのは——教官だった。
「……あ」
終わった。
一瞬で理解する。
隣でノアが片手で顔を覆った。
「最悪だな……」
珍しく疲れた声。
教官の視線が二人を貫く。
「特別科一年」
静かな声。
なのに、
背筋が寒くなる。
「現在時刻を言え」
誰も答えない。
「加えて、許可なき瘴気区域への侵入」
一歩、近づく。
「説明してもらおうか」
⸻
その後。
二人はそのまま学園へ連れ戻された。
職員室。
重い沈黙。
ミラベルは小さく肩を縮める。
真正面では、
教官が腕を組んでいた。
「任務後の独断行動」
低い声。
「しかも夜間。瘴気区域」
机を指先で叩く。
「死にたいのか」
「……すみません」
ミラベルが小さく呟く。
「お前だ」
今度はノアへ視線が向く。
「止める立場だっただろう」
ノアは舌打ちを飲み込むように息を吐いた。
「……悪かった」
「悪かったで済む話ではない」
ぴしゃりと言い切られる。
「本日より三日、謹慎」
空気が重く落ちた。
「反省しろ」
⸻
翌朝。
謹慎中の二人の部屋へ、
静かなノック音が響いた。
「入るよ」
扉が開く。
セレスだった。
相変わらず整った姿。
けれど——
空気が妙に冷たい。
ミラベルが小さく視線を逸らす。
セレスは二人を見る。
「……なるほど」
静かな声。
「つまり君たちは、夜中に無断で山へ行き、そのまま見つかって謹慎、と」
ノアが面倒そうに息を吐いた。
「怒るな」
「別に怒ってないよ」
即答。
だが、
目が笑っていない。
「お前まで巻き込まれたら面倒だ」
ノアが言う。
セレスは少しだけ沈黙した。
そして。
「……僕は、仲間だと思っていたんだけどね」
空気が止まる。
ミラベルの肩が揺れた。
セレスは続ける。
「危険だから連れていかなかった?」
穏やかな声。
でも、
その奥に感情が滲んでいる。
「それを勝手に決める程度には、信用なかったんだ」
「……違う」
ミラベルが反射的に言う。
セレスの視線が向く。
「じゃあ何?」
言葉が詰まる。
ノアが口を開いた。
「時間がなかった」
「言い訳だね」
ぴしゃり。
珍しく、
はっきりとした棘があった。
「君たち、“一人で抱え込む”方向に似すぎてる」
その言葉に、
今度はノアが黙る。
セレスは小さく息を吐いた。
「……次は」
視線が二人をまっすぐ捉える。
「置いていかないでよ」
その声だけが、
少し寂しそうだった。




