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第137話 見慣れた景色

「この先にリシェルがいる」


ミラベルは、折れた枝の先へと足を踏み出した。


「おい! 待て!」


レオニスの制止が飛ぶ。


その瞬間、ミラベルの姿が、ふっと消えた。


「……え?」


目の前には、変わらず森が広がっている。


木々が立ち並び、朝の光が地面を照らしていた。


だが、つい先ほどまでそこにいたはずのミラベルは、影も形もなくなっていた。


「ミラベル!?」


ノアが駆け寄る。


確かに、彼女は目の前にいた。


それなのに、今はもう姿が見えない。


「おい! どこへ行った!?」


レオニスが声を荒らげ、周囲を見回す。


返事はなかった。


森は静まり返っている。


風に揺れる葉の音さえ、いつもと変わらない。


まるで、最初からミラベルなど存在していなかったかのようだった。


「そんな……」


ルークの顔から、いつもの軽い笑みが消える。


ノアは、ミラベルが消えた場所へ手を伸ばした。


「ミラベル! 聞こえるか!?」


その瞬間――


「っ!?」


差し出した手が、途中から見えなくなった。


「な……!?」


慌てて腕を引こうとしたが、手の感覚は確かにある。


腕が消えたわけではない。


ただ、ある一点を越えたところから、手だけが森の景色に溶け込むように見えなくなっていた。


「ノア、動くな!」


レオニスが叫ぶ。


ノアは息を呑み、ゆっくりと腕を引いた。


すると、手は何事もなかったかのように姿を現した。


「……何だ、今の」


ノアは自分の手を見つめたあと、ミラベルが消えた場所へ視線を戻した。


そこには、何も見えない。


壁も、膜も、光の境目もない。


ただ、森が広がっているだけだ。


「透明な……何かがあるのか?」


ルークが呟く。


レオニスは答えず、足元の折れた枝を見つめた。


それから、慎重に手を伸ばす。


指先が、何かに触れた。


「……あるな」


レオニスの表情が険しくなる。


確かに、そこに何かが存在している。


目には見えない。

だが、触れれば分かる。


そして、その向こう側にミラベルがいるはずだった。


「ミラベル! 聞こえるか!」


ノアが境界へ向かって叫ぶ。


返事はない。


「くそっ……!」


ノアは拳を握りしめた。


見えない境界の向こうに、ミラベルがいる。


その確信だけはあった。


だが、どうすれば向こう側へ行けるのか。


それが分からない。


「……おい、レオニス」


ルークが、珍しく真剣な声で口を開いた。


「これ、どうする?」


レオニスは答えなかった。


ただ、目の前の何もない空間を睨みつける。


リシェルの足取りが途絶えた場所。


そして今、ミラベルまで消えた。


偶然で片づけるには、あまりにも不自然だった。


「……全員、ここから勝手に動くな」


レオニスが低い声で告げる。


「何か方法があるはずだ。まずは、この境界が何なのか調べる」


「分かった」


ノアは頷いた。


けれど、その視線は何度も、ミラベルが消えた場所へと向けられていた。


見慣れた森。


何の変哲もない木々。


それなのに、今はその景色すべてが、得体の知れないものに思えた。


そして、彼らはまだ知らなかった。


この森で起きている異常が、自分たちの想像をはるかに超えるものだということを。


***


一方、

ガルドは汗を拭いながら山道を歩いていた。


後ろに四人を従えて。


「……なあ、さっきから景色が変わらないんだが。まさか、同じところを歩いてないか?」


ガルドが足を止め、周囲を見回した。


木々に囲まれた山道。


枝葉の隙間から朝日が差し込み、足元には落ち葉が積もっている。


一見、何の変哲もない山道だった。


だが、エルフィナも同じ違和感を覚えていた。


「そうね。これだけ歩いているのに、景色がほとんど変わらないわ」


「うん。さすがにおかしいね。目印をつけてみよう」


セレスは近くの木に目を向けた。


「道を間違えているだけなら、それで分かるはずだ」


そう言いかけた、そのときだった。


森の奥から、白い霧が流れてきた。


「……霧?」


フェリクスが眉をひそめる。


霧は地面を這うように広がり、あっという間に五人の足元を覆い尽くした。


「全員、離れるな!」


ガルドが声を上げる。


だが、霧は止まらない。


足元から這い上がるように濃くなり、目の前の仲間の姿さえ、ぼんやりとしか見えなくなっていく。


「おい、みんな! 聞こえるか?」


ガルドの声が響いた。


「聞こえてるよ」


セレスは答えた。


その直後だった。


周囲から、音が消えた。


「……みんな?」


セレスは眉をひそめた。


返事がない。


つい先ほどまで、確かに仲間たちは近くにいた。


ガルドも、エルフィナも、カインも、フェリクスも。


それなのに、霧の中には誰の姿も見当たらなかった。


「……おかしいな」


セレスは冷静に状況を整理しようとした。


魔法による幻覚か。


あるいは、空間そのものが変化したのか。


どちらにしても、まずは状況を把握する必要がある。


セレスは周囲を観察しながら、一歩踏み出した。


すると――


霧の向こうに、見覚えのある建物が浮かび上がった。


「……え?」


整えられた庭。


磨き上げられた石畳。


草木が生い茂る、格子状の柵。


その奥には、重厚な門がそびえ立っている。


そして、門の向こうに見えたのは――


見慣れた屋敷だった。


山の中にあるはずのない場所。


それなのに、セレスはその景色を見間違えるはずがなかった。


「……なんで?」


セレスの声が震える。


「そんな……あり得ない」


そこにあったのは


アルヴァイン家の屋敷。


セレスの実家だった。

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