第136話 最初の違和感
「おい!みんな起きろ!リシェルがいない!」
レオニスの声に、ミラベルは目を覚ました。
「んん……?」
リシェ、ル?…!リシェル!!
ミラベルは慌てて起き上がると、身なりも気にせず声の方へ走った。
そこには、レオニスとノアとルークが立っていた。
「見張りを交代したときには、確かにここにいた。だが、朝になって確認したら姿がなかったんだ」
レオニスは苛立ったように周囲を見回した。
「昨日、相当怯えながら、帰りたがってたよね」
ルークが低い声で言う。
「まさか……逃げたのか?」
レオニスの眉間に皺が寄る。
「レオニス!」
ノアが鋭く声を上げた。
「まだ決まったわけじゃないだろ」
「では、ほかに何がある?この状況で、勝手に持ち場を離れたんだぞ」
「何かあった可能性だってある」
「だとしても、身勝手に行動されては困る」
レオニスの声が強くなる。
ミラベルは昨夜のリシェルを思い出していた。
不安そうに膝を抱え、早く帰りたいと呟いていた姿。
「……リシェルが、自分からいなくなったとは限らないよ」
ミラベルは不安を押し込めるように、周囲を見渡した。
「まずは探そう。何かあったのなら、早く見つけてあげないと」
レオニスは一瞬、言い返しかけて口を閉じた。
「……分かった。全員で探す」
苛立ちの残る声でそう告げると、彼は真っ先に森の奥へ目を向けた。
「……みんなで探そう」
ミラベルの言葉に、三人が頷いた。
「まずは、ここから周囲を調べるぞ。勝手に離れるな」
レオニスがそう告げ、森の奥へ目を向ける。
「うん。何か手がかりがあるかもしれないしね」
ルークは足元を確認してから、ふと思いついたように顔を上げた。
「あ、そうだ。目印をつけながら進まない?」
「目印?」
ミラベルが聞き返す。
「そう。ここがどんな場所か分からないし、同じところをぐるぐる回ってる可能性だってあるでしょ。木の幹に印をつけておけば、戻ってきたときに分かるじゃん」
「……悪くない考えだな」
レオニスは少し考えてから頷いた。
「進む方向も確認しながら行く。何か異変に気づいたら、すぐに知らせろ」
「分かった」
ノアが答え、ミラベルも頷いた。
四人は木の幹に目印をつけながら、慎重に森の中へと進んでいった。
「リシェルー! 聞こえるー?」
ミラベルが声を張り上げる。
返事はない。
木々の間を抜け、足元に目を配りながら進んでいく。けれど、しばらく探しても、リシェルの姿はもちろん、彼女が通ったと分かる痕跡も見つからなかった。
やがて、ルークが足を止めた。
「……ねえ。これ、さっきも見なかった?」
彼が指さした木の幹には、四人がつけたばかりの目印があった。
「そんなはずは……」
レオニスが周囲を見回す。
確かに、ここは出発した場所から離れたはずだった。
それなのに、目印のある木が目の前にある。
「戻ってきたってことか?」
ノアが眉をひそめた。
「いや、進む方向は間違えていないはずだ」
レオニスの声に、かすかな苛立ちが混じる。
ミラベルは周囲の木々を見渡した。
どこまでも続く森。変わらない地面。山道にしては平坦すぎる地形。
そして、何度歩いても変化のない景色。
「……やっぱり、ここは普通じゃないんだ」
ミラベルが呟いた、そのときだった。
「……ん?」
先頭を歩いていたレオニスが、ふと足を止めた。
「どうした?」
ノアが声をかける。
レオニスは少し先にある木を指さした。
「ここの木だけ、不自然に折れている」
四人はそちらへ近づいた。
木の幹から伸びていた細い枝が、途中でへし折られている。自然に落ちた枝にしては、折れ口が新しく、周囲にも不自然に踏み荒らされた跡があった。
「人が通った形跡だな」
レオニスが折れた枝を確かめながら言った。
「リシェルがここを通ったのかな……?」
ミラベルは足元に目を落とした。
落ち葉が散らばり、土がわずかに掘り返されている。誰かが急いで通ったようにも見えた。
「もう少し周りを調べよう。何か残っているかもしれない」
ノアの言葉に、四人は木の周囲を慎重に探し始めた。
やがて、ミラベルが落ち葉の隙間に小さな金属片を見つけた。
「……これ、何だろう」
拾い上げた瞬間、ミラベルの表情が変わった。
「これ……リシェルの靴の留め具に似てる」
昨夜、彼女が歩きやすいように整えた靴の部品。その形を、ミラベルは覚えていた。
「リシェルが、ここを通ったのか……?」
ノアが尋ねる。
「うん。たぶん……」
ミラベルは金属片を握りしめ、森の奥を見つめた。
けれど、折れた枝の先には、踏み跡らしいものが続いていない。
まるで、そこから先だけ、リシェルの足取りが消えてしまったかのようだった。




