第132話 慣れない立ち位置
「何をしているんだ! 隊列を乱すな!」
鋭い怒声が、周囲に響き渡った。
リシェルの肩がびくりと跳ねる。
目の前の状況を判断しようとするあまり、彼女の足は止まっていた。
どう動くべきか。
どの行動が最善なのか。
考えている間にも、状況は刻一刻と変化していく。
ほんのわずかな遅れだった。
けれど、その遅れが隊列を乱し、仲間たちの動きに隙を生じさせていた。
「ごめん……なさいっ」
「謝罪は後だ! 指示に従えないのなら、最初から列に加わるな!」
レオニスの声には、苛立ちがにじんでいた。
リシェルは唇を引き結び、俯いた。
そんな彼女に、ミラベルがそっと手を差し出す。
「大丈夫。初めて組むメンバーなんだから、最初からうまくいかなくて当然だよ」
そう言って、ミラベルは微笑んだ。
けれど、リシェルは何も答えなかった。
差し出された手にも触れず、小走りにレオニスの後ろへと戻っていく。
その背中を見送り、ノアは小さく息を吐いた。
「あんまり構うなよ」
五人の足並みは、まだ揃っていなかった。
――遡ること、二時間前。
「諸君! 本日より五日間、実地訓練を行う!」
監督官の大声が、訓練場に響き渡った。
整列した特別科の生徒十名は、一斉に姿勢を正す。
「今回の訓練は班行動とする。ただし、評価するのは班全体の成果だけではない。諸君一人ひとりの判断力、行動、そして任務への適性を個別に見る!」
監督官は、並んだ生徒たちをゆっくりと見渡した。
「誰か一人が優秀な働きをしたからといって、他の者の評価まで上がるわけではない。逆もまた然りだ。自分の役割を理解し、仲間と連携しながら、与えられた任務を確実に遂行しろ!」
その言葉に、レオニスは迷いなく背筋を伸ばした。
個人の能力だけでなく、規律を守り、仲間と連携することも重要だ。そう考える彼にとって、監督官の言葉は当然のものだった。
一方、ミラベルは表情を変えることなく、監督官を見つめていた。
その少し後ろでは、リシェルが緊張した面持ちで話に耳を傾けている。
ほかの生徒たちも、それぞれの表情で監督官の言葉を受け止めていた。
「なお、各班の編成はすでに決定している。指定された班ごとに行動し、五日間の訓練に臨め!」
監督官の号令を受け、生徒たちがそれぞれの班へと動き始めた。
これから始まる訓練に向けて、誰もが気持ちを引き締めている。
そんな中、ノアがミラベルに近づいた。
「久しぶりに一緒だな」
「そうだね。何だかノア、背が伸びた?」
「は? いや、よくわかんねぇ」
ノアは少しだけ照れたように、視線をそらした。
けれど、ミラベルはそれ以上気に留める様子もなく、ふと隣に目を向けた。
「あっ、リシェル。よろしくね!」
明るく声をかけるミラベルに、ノアは小さく息をついた。
リシェルは少し戸惑ったように、軽く会釈を返した。
その様子を見ていたレオニスが、口を開く。
「馴れ合うつもりはない。同じ班だから仕方がないが、足を引っ張るような真似はしないでくれ」
「うん、わかった」
ミラベルは笑顔で答えた。
レオニスの隣で、ルークがくすりと笑う。
「あはは、わかってなさそう」
「えー、わかってるってば」
ミラベルは不服そうに頬を膨らませた。
「ふん、行くぞ」
レオニスはそれだけ言うと、さっさと歩き始めた。
「あっ、待ってよー」
ルークが笑いながら、その後を追う。
リシェルも慌てて、レオニスの後ろについていった。
「俺らも行くぞ」
ノアに声をかけられ、ミラベルは顔を向ける。
「うん!」
ノアの隣に並び、ミラベルも歩き出した。
この五日間で何が試されるのか。
自分たちに何ができるのか。
その答えを、まだ誰も知らない。
こうして、特別科の生徒十名による五日間の実地訓練が幕を開けた。




