第129話 向けられた視線
再び、二つの班が演習場へ集められた。
先ほどまで響いていた魔法の音も止まり、広い訓練場に静寂が戻っている。
やがて、一人の監督官が前へ出る。
「――諸君。ご苦労だった」
低く、よく通る声が演習場に響いた。
「突然の組み分けだったが、各自、それなりに対応できていたようだな」
ミラベルはわずかに誇らしげな表情を浮かべ、隣のエルフィナへ目を向けた。
エルフィナもそれに気づき、そっと目を合わせる。
二人の口元に小さな笑みが浮かんだ。
監督官は再び口を開いた。
「だが」
その一言で、空気が変わる。
「勘違いするな」
十人の視線が監督官へ集まった。
「今後の評価は、班ではなく――個人それぞれに付くと思え」
「班ごとに演習を行い、必要に応じて実務にもあたってもらう」
監督官は淡々と告げる。
「だが、それはあくまでも班だ」
「仲良しこよしで組ませているわけではない」
ミラベルの笑顔が、ほんの少しだけ止まる。
監督官は構わず続けた。
「誰かの成果に便乗するつもりなら、今のうちに考えを改めろ」
「逆に、誰かの失敗を班のせいにするのも許さん」
ガルドが小さく鼻を鳴らす。
フェリクスは黙って眼鏡を押し上げた。
ノアは腕を組み、監督官を見つめている。
レオニスもまた、何も言わずに話を聞いていた。
そして。
監督官が、わずかに口元を歪めた。
「それから――」
嫌な間があった。
「これは、一部の人間に対しての話だ」
ミラベルが顔を上げる。
監督官の視線が、十人の中をゆっくりと移動する。
そして。
ぴたり。
ミラベルのところで止まった。
「――“観察対象”」
誰も反応しない。
当然だった。
その言葉が誰を指しているのか。
ここにいる全員が知っている。
ミラベル自身も。
「そのことを、くれぐれも忘れぬように」
監督官の声には、妙な含みがあった。
まるで。
わざわざ本人に聞かせるために言っているような。
ミラベルは黙ったまま、監督官を見る。
「……」
エルフィナが横目でミラベルを見る。
何か言おうとした。
だが。
ミラベルは小さく笑った。
「大丈夫」
声は明るかった。
いつも通りの笑顔。
それを見て、エルフィナは何も言えなくなった。
一方。
レオニスの眉がわずかに動く。
「……」
ノアも監督官を見ていた。
その表情には、僅かな苛立ちが浮かんでいる。
監督官はそんな反応を楽しむように、さらに言葉を重ねた。
「忘れぬよう」
今度は明らかに一人に向けた言葉だった。
「君がここにいる理由も」
「君が他の生徒とは違う扱いを受けている理由も」
「すべて、理解しているはずだ」
監督官は険しい顔のまま、十人を見渡す。
「以上だ」
「ああ、それと。今後、演習も実務も、今回より厳しくなると思え」
監督官が背を向ける。
「――解散」
みんなが動き始める。
その中で。
ミラベルだけが、その場に残った。
「……」
自分の胸元にあるペンダントを握る。
観察対象。
その言葉は、もう何度も聞いてきた。
だから。
今さら傷つくようなことではない。
そう思っていた。
けれど。
なぜだろう。
今日は、妙に胸に引っかかった。
「ミラベル?」
エルフィナの声がする。
「行こう」
「うん」
ミラベルはいつものように笑った。
「今行く!」
二人が歩き出す。
その背中を。
監督官は遠くから見つめていた。
「……相変わらず、平然としているな」
隣にいた別の監督官が呟く。
「だからこそ、観察する価値がある」
嫌な笑みが浮かんだ。
「――あの少女が、いつまで平然としていられるのかもな」
レオニスは、一人で廊下を歩いていた。
脳裏に浮かぶのは、先ほどの少女の姿。
そして――あの紋様。
「……あの女の、あの紋様……一体?」
思わず、足が止まりかける。
そのとき。
「レオニス。ご苦労だったな」
背後から、穏やかな声がかかった。
レオニスが振り返る。
レオニスが振り返る。
そこに立っていたのは、先ほどまで演習場にいた監督官――父だった。
厳格さを思わせる黒い制服。
普段なら、近寄りがたいほどの威圧感を纏っている男だ。
だが今は、口元に柔らかな笑みを浮かべている。
「……父さん」
レオニスがそう呼ぶと、父は苦笑した。
「ここで、父さんはよしてくれ」
「……あっ」
レオニスは周囲を見回す。
幸い、近くに人影はない。
「……教官。お疲れ様です」
「ああ」
父は満足そうに頷いた。
「どうだ? 訓練は」
「問題ありません」
レオニスは短く答える。
だが。
その表情は、どこか険しかった。
父はそれを見逃さなかった。
「……何か気になることでもあったか?」
その言葉に、レオニスはピクリと眉を上げた。
脳裏に浮かぶのは、あの女の紋様……。
「……あの、実は」




