第13話:守った代償と、触れてはいけない名前
——意識が戻る。
淡い光と、柔らかな感触。
「……よかった」
聞き慣れた声。ゆっくりと目を開けると——
見慣れた天井。ここは、寮の自分の部屋だった。
「気づいた……!」
リナがほっと息を吐く。
(……戻ってきたんだ……)
体を動かそうとした瞬間、力が抜けて動かない。
「無理しないで」
リナがそっと肩に手を置く。
「丸一日、寝てたんだよ」
(……一日……?)
記憶がゆっくり繋がる。
山の闇。守ろうとして届かなかったもの。
胸が、きゅっと締まる。
「……ごめん」
思わずこぼす。
「え? なんで?」
「……心配かけて」
沈黙。リナは少し考えてから優しく笑う。
「ううん、無事でよかった」
(……え……)
慣れない優しい言葉に胸が熱くなる。
「ありがと」
小さく呟いたそのとき、扉がノックされる。
「入るぞ」
低い声——ノアだ。
空気が止まる。
「どうぞ」
リナが答え、扉が開く。
ノアは無表情で入ってくる。でも、視線が少し長くこちらに向けられた。
「……生きてるな」
第一声がそれだけ。
「……うん」
「ならいい」
それだけ言って、壁にもたれるノア。沈黙が続く。
(……それだけ……?)
でも、帰らない。
「……昨日の続きだ」
ぽつり。
「お前の判断は、間違ってはいない」
(……え……?)
思わず顔を上げる。ノアは視線を逸らしながら続ける。
「助けられる可能性があるなら、試す価値はある。ただし——」
こちらを見た。
「死なない範囲でやれ」
否定ではない。むしろ——
(……認めてる……?)
胸が少し温かくなる。
「……うん」
短く頷く。リナが不思議そうに見ていた。
そのとき、再び扉がノックされる。
「失礼するよ」
セレスが静かに入ってくる。
「目が覚めたようだね」
観察するような視線がこちらに向く——その直後、わずかにリナへと移った。
「……少し、ミラベルと話してもいいかな」
柔らかい声音。でも、有無を言わせない何かがあった。
「え?」
リナがきょとんとする。
「難しい話になる。君に聞かせたくない、というわけではないが——」
少しだけ言葉を選び、
「まだ必要のない重さだ」
その言い方に、リナは一瞬だけ黙る。
視線がこちらに向いた。
(……どうする?)
無言の問い。
「……ごめん、リナ」
小さく言うと、彼女はすぐに首を振った。
「ううん、いいよ」
無理に明るく笑う。
「ちゃんと休んでてね。あとで来るから」
そう言って立ち上がり、扉へ向かう。
途中で一度だけ振り返り、
「無理しちゃだめだからね」
優しく念を押して、部屋を出ていった。
扉が閉まる音。
さっきまでの柔らかい空気が、すっと消える。
ノアは壁にもたれたまま、何も言わない。ただ、視線だけが鋭くなる。
セレスが一歩、こちらに近づいた。
「……では、本題に入ろうか」
その声音は、先ほどまでとはまるで違っていた。
「昨日の件について整理した」
空気が張り詰める。
「“あれ”は、ただの魔物じゃない」
分かっている。けれど——聞きたくない。
「闇精霊と人間の“契約の残滓”だ」
(……契約……)
セレスはわずかに視線を落とす。
「正確には——契約とは呼べない。かなり歪んだ形だ」
「精霊は、本来“対価で縛る存在”じゃない。それを無理やり捻じ曲げた」
(……そんな……)
胸がざわつく。
「文献に近い記述はある。でも——」
セレスはわずかに眉を寄せた。
「ここまで歪んだ例は、見たことがない」
窓の外、霧に包まれた山。
「そして——」
一瞬、言葉を区切る。
「その中心にいるのが、“闇精霊”そのもの」
息が詰まる。
「少なくとも、人間から見れば“災厄”だろう」
(……でも……)
あの声。
『かえせ』
(……あれは……)
敵の声じゃない。
「そしてもう一つ」
セレスの視線が、まっすぐこちらに向く。
「君の力——明らかに“対になる存在”だ」
(……対……?)
「守護と、侵食」
淡々と、だが逃げ場なく言い切る。
「つまり、あれに干渉できるかもしれない」
息が止まる。
(……干渉……)
「君の力次第だろうけど——」
ほんのわずかに言葉を濁した。
(……何か、私にできるのかな)
遠くで鐘の音が鳴る。
日常は変わらず続いている。
でも——
もう同じではいられない。
山の歪み。闇精霊。そして自分の力。
すべてが、どこかで繋がっている。




